また、例の、夢を見た。
なんでわたし、こんなことしてしもたんやろうと後悔して、後悔して、思いっきり体重をかけた両腕で、心をぎゅうぎゅう押しつぶしている。
心の皮が破けて、原型をとどめないほどにぺちゃんこになって、自分も同じようにぺちゃんこになって、苦しくてたまらないままに目が覚める。
ベッドに自分自身を押し付けていたのは誰なのか、身動きひとつできないくらい抑え付けていたのは何物なのか、
恐る恐る、少しずつ息を吸い込んで、風船をふくらますかのように、自分を元の形に戻す数分間、まだ身体はとてもだるくて重い。
13年暮らした農村に、あるひとりの女性がいた。
嫁になったなら自動的に婦人会会員。そこではいろいろ親切にしてもらったけれど、新米いびりも堂々と行われていた。
大阪の道頓堀近くから無理矢理押し掛けるように嫁いだわたしなど、先輩会員からすると格好の相手だったのだろう、
彼女達はあの手この手で、なんともいえない、逃げ場の無い罠を仕掛け、わたしはまんまと必ずのように引っかかった。
想像以上のタフさに、さすがのわたしもかなり落ち込んでいた時、彼女のことに気がついた。
年齢からすると中堅どころ、もちろん来たてのマヌケ嫁なんかじゃない。
なのに、なにかおかしくて、不自然で、歪な空気が彼女の周りには漂っていた。
彼女はとても大人しくて、控え目で、わたしのようにいちびりでもなければおっちょこちょいでもない、でも、とても哀しい目をした人だった。
ずっと後になって、彼女の話を聞いた。3日続きの義祖母のお葬式での、宴会のお酌にまわっている時だった。
彼女は村の真ん中辺りにある家に嫁いで来た。村に沿って走る国道の建設のためにやってきた工夫さんと恋に落ち、夫と子供を残して駆け落ちした。
そして何年か経ったある日、突然彼女は嫁ぎ先に舞い戻ってきたのだそうだ。
夫も、夫の家族も彼女のことは許さなかったが、子供がまだ育ち盛りだったので、その世話をさせるためだけに家に入ることを許した。
彼女はその家の小屋のような所で寝泊まりして、子育てと家事をし、子供が巣立った後も同じ生活を続けていた。
「自業自得やわな」
「しゃあないわな」
盃をぐいぐい飲み干しながら、その人は楽しそうにそう締めくくった。
わたしはお酌を続けながら『村八分』という言葉を心の中でつぶやいていた。
他人の家の事情など、他の者に分かるわけはない。他人の心の内など、もっと分かるわけはない。
だから、彼女がどうして元の婚家に戻ってきたのか、子供達が巣立った後も、完全に無視されながらもそこに留まっているのか、全く分からない。
でも、あの、存在を完全に無視されてしまうことの恐ろしさだけは、それがどれだけ人間を痛めつけることができるかだけは知っている。
夢の中のわたしは、決まって元夫と、同居していた両親と暮らしていて、ああ、やっぱりこうなったか、と変に納得している。
納得しながら、自分はどんなふうに村八分を受けるんやろうと恐れている。
そしてわたし達は夢らしく、いきなりどこかに旅行していたり、引っ越ししていたりする。
今回は、とあるアメリカのどこかに引っ越しして、荷物をあれこれ片付けていた。
実際の暮らしでは、元夫の両親とわたしは、直接いがみ合ったり喧嘩したりすることは一回も無かった。
彼らは、田舎で生まれ育った人らしい朴訥さと人の良さを持った、けれども、いろんなことに対する想像力に決定的に欠けていた人達だった。
ところが夢の中では、わたしはガンガンと言いたいことを言い、英語で考えたことを日本語に訳してたりしている。
そして、その間中ずっと、なんでわたしは戻ってきたのやろ、なんでやろ……と、休みなく後悔している。
理由はすっかり忘れたけれど、あることでとても腹が立ったわたしは、引っ越して間もないというのに、「もうこの家を売る!」と言い出し、元夫に、家を売りたい人が行く事務所(←これがとても架空っぽくておもしろかった)に行かせ、手続きはいとも簡単に終了した。
家に戻ってみると、早速、買いたいという家族が家を見に来ていて、わたしはその家族を見るなり、しもた!なんでこんな気に入ってた家を売ってしもたんやろ!と苦しいぐらい後悔した。その時点で、その家は今住んでいる家になっていた。
裏庭を見学しに回った家族を追いかけていくと、なぜか、庭先の芝生の上に、わたしが今現在愛用している大きなアンティークの机が置いてあった。
それを見るなり、家族の父親が、「家と一緒にこの机も欲しい」と英語で話しかけてきた。
わたしが慌てて「だめだめ!これはわたしの机です。絶対に渡せません」とやはり英語で叫んでいるのに、
その父親は全く無視して、机の上の物を両手でどんどん押しのけて芝生の上に落とし、男ふたりでも持ち運べない重さの机をぐいぐい押し始めた。
美しく整地された芝生の庭は、なだらかな丘のようになっていて、わたしは手に何かを掴んで、その父親目がけて突進して行った。
そして、泣き叫びながら、なんでこんなことになったのかと悔やみながら、その父親を持っている何かでガツンガツンと激しく叩いた。
いつも、この手の夢を見た後考える。
いったいわたしは、なにを後悔しているんやろう。
いったいわたしは、なにを恐がっているのやろう。
なんでわたし、こんなことしてしもたんやろうと後悔して、後悔して、思いっきり体重をかけた両腕で、心をぎゅうぎゅう押しつぶしている。
心の皮が破けて、原型をとどめないほどにぺちゃんこになって、自分も同じようにぺちゃんこになって、苦しくてたまらないままに目が覚める。
ベッドに自分自身を押し付けていたのは誰なのか、身動きひとつできないくらい抑え付けていたのは何物なのか、
恐る恐る、少しずつ息を吸い込んで、風船をふくらますかのように、自分を元の形に戻す数分間、まだ身体はとてもだるくて重い。
13年暮らした農村に、あるひとりの女性がいた。
嫁になったなら自動的に婦人会会員。そこではいろいろ親切にしてもらったけれど、新米いびりも堂々と行われていた。
大阪の道頓堀近くから無理矢理押し掛けるように嫁いだわたしなど、先輩会員からすると格好の相手だったのだろう、
彼女達はあの手この手で、なんともいえない、逃げ場の無い罠を仕掛け、わたしはまんまと必ずのように引っかかった。
想像以上のタフさに、さすがのわたしもかなり落ち込んでいた時、彼女のことに気がついた。
年齢からすると中堅どころ、もちろん来たてのマヌケ嫁なんかじゃない。
なのに、なにかおかしくて、不自然で、歪な空気が彼女の周りには漂っていた。
彼女はとても大人しくて、控え目で、わたしのようにいちびりでもなければおっちょこちょいでもない、でも、とても哀しい目をした人だった。
ずっと後になって、彼女の話を聞いた。3日続きの義祖母のお葬式での、宴会のお酌にまわっている時だった。
彼女は村の真ん中辺りにある家に嫁いで来た。村に沿って走る国道の建設のためにやってきた工夫さんと恋に落ち、夫と子供を残して駆け落ちした。
そして何年か経ったある日、突然彼女は嫁ぎ先に舞い戻ってきたのだそうだ。
夫も、夫の家族も彼女のことは許さなかったが、子供がまだ育ち盛りだったので、その世話をさせるためだけに家に入ることを許した。
彼女はその家の小屋のような所で寝泊まりして、子育てと家事をし、子供が巣立った後も同じ生活を続けていた。
「自業自得やわな」
「しゃあないわな」
盃をぐいぐい飲み干しながら、その人は楽しそうにそう締めくくった。
わたしはお酌を続けながら『村八分』という言葉を心の中でつぶやいていた。
他人の家の事情など、他の者に分かるわけはない。他人の心の内など、もっと分かるわけはない。
だから、彼女がどうして元の婚家に戻ってきたのか、子供達が巣立った後も、完全に無視されながらもそこに留まっているのか、全く分からない。
でも、あの、存在を完全に無視されてしまうことの恐ろしさだけは、それがどれだけ人間を痛めつけることができるかだけは知っている。
夢の中のわたしは、決まって元夫と、同居していた両親と暮らしていて、ああ、やっぱりこうなったか、と変に納得している。
納得しながら、自分はどんなふうに村八分を受けるんやろうと恐れている。
そしてわたし達は夢らしく、いきなりどこかに旅行していたり、引っ越ししていたりする。
今回は、とあるアメリカのどこかに引っ越しして、荷物をあれこれ片付けていた。
実際の暮らしでは、元夫の両親とわたしは、直接いがみ合ったり喧嘩したりすることは一回も無かった。
彼らは、田舎で生まれ育った人らしい朴訥さと人の良さを持った、けれども、いろんなことに対する想像力に決定的に欠けていた人達だった。
ところが夢の中では、わたしはガンガンと言いたいことを言い、英語で考えたことを日本語に訳してたりしている。
そして、その間中ずっと、なんでわたしは戻ってきたのやろ、なんでやろ……と、休みなく後悔している。
理由はすっかり忘れたけれど、あることでとても腹が立ったわたしは、引っ越して間もないというのに、「もうこの家を売る!」と言い出し、元夫に、家を売りたい人が行く事務所(←これがとても架空っぽくておもしろかった)に行かせ、手続きはいとも簡単に終了した。
家に戻ってみると、早速、買いたいという家族が家を見に来ていて、わたしはその家族を見るなり、しもた!なんでこんな気に入ってた家を売ってしもたんやろ!と苦しいぐらい後悔した。その時点で、その家は今住んでいる家になっていた。
裏庭を見学しに回った家族を追いかけていくと、なぜか、庭先の芝生の上に、わたしが今現在愛用している大きなアンティークの机が置いてあった。
それを見るなり、家族の父親が、「家と一緒にこの机も欲しい」と英語で話しかけてきた。
わたしが慌てて「だめだめ!これはわたしの机です。絶対に渡せません」とやはり英語で叫んでいるのに、
その父親は全く無視して、机の上の物を両手でどんどん押しのけて芝生の上に落とし、男ふたりでも持ち運べない重さの机をぐいぐい押し始めた。
美しく整地された芝生の庭は、なだらかな丘のようになっていて、わたしは手に何かを掴んで、その父親目がけて突進して行った。
そして、泣き叫びながら、なんでこんなことになったのかと悔やみながら、その父親を持っている何かでガツンガツンと激しく叩いた。
いつも、この手の夢を見た後考える。
いったいわたしは、なにを後悔しているんやろう。
いったいわたしは、なにを恐がっているのやろう。