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河野多惠子『秘事(ひじ)』その2

2012-06-14 05:12:00 | ノンジャンル
 山根貞男さんが絶賛していたイ・ヒョンスン監督の'00年作品『イルマーレ』をDVDで見ました。「イルマーレ(海)」と名付けられた海上の家の郵便受けを通して、2年の歳月を超えてタイムスリップして文通する二人の男女、恋に敗れた声優の女性と、有名な建築家の父に捨てられ、建築家への道を進むのに疑問を感じている男性との間の絵に描いたようなラブストーリーでした。美しい風景とおしゃれな音楽、平板な印象を受けた私はあまりノレませんでした。

 さて、昨日の続きです。
 ロンドンから東京に帰って来て数カ月した頃、同じマンションの住人の夫人から勧められ、三村に知らせる前に麻子が自分の口座と貸し金庫の契約をしたことに怒った三村は、麻子に預けていた自分の貸し金庫の鍵と印鑑、それに加え、家族全員分の預金通帳と印鑑とクレジットカードまで自分に返させようとしたところ、それらを平然と返した麻子に怒りが倍増し、三村は聞き手の右腕で麻子を殴ろうとし、麻子はそれをかわして青ざめます。憤然と家を出て非常階段に腰掛けた三村は、麻子が身をかわしていなければ、彼女の傷痕に自分の拳が当たっていたことに思い至り、あの事故がなければ自分が文句の多い、煩わしい男になっていたのではと内省し、今までやって来れたのは気性のいい麻子のおかげだと改めて思う一方、麻子が黙って自分の死に備えていたことがショックでもありました。
 家に帰ると扉には鍵がかけてあり、子供たちが鍵を開けてくれると、麻子は既に布団にくるまっていて、三村は麻子に預けてあった鍵などの入ったバッグを、麻子の布団の中に押し入れます。
 翌朝、「昨日は昨日、今日は今日」という三村の言葉を受け入れてくれた麻子。三村は麻子の貸し金庫には息子たちの臍の緒や麻子の装身具でも入れておけば、と言い、人間は一生に三度大病をし、その際に自分の臍の緒を煎じて飲むと治り、残った臍の緒は自分の柩に入れるという言い伝えを麻子に教えます。ニューヨークから帰った時、支店を閉めるというので麻子の貸し金庫も閉じられることとなり、そこから息子たちの臍の緒と麻子の装身具とともに、貸し金庫開設当時の二人の黒い髪の毛が出てきたことに、三村は驚かされます。それは秘かに麻子によって保存されていたものでした。
 ニューヨーク時代、三村は麻子の頬の傷痕が彼女に似合うと思い始めます。三村はニューヨークから一時帰国した際、三村の父から須美という名の46才の女性を準妻として正式に持つと告白され、その場でその女性と会います。次郎は自分の結婚式の前に三村と麻子に向かって「おふたりは僕の最も大好きなご夫婦なんですよ」と言います。やがて麻子は急な発熱を起こし、劇症肝炎で入院します。看病に来た三村のちょっとした言動に笑い転げる麻子。医師は、劇症肝炎で典型的に発症する多幸症だと言い、今後、半日単位で意識の混濁や昏睡に至るだろうと言います。自分の臨終の時、侠気や責任感ではなく、ひたすら結婚したくて結婚したんだということを言うつもりだった三村でしたが、結局それは言えずじまいになります。麻子は真夜中から昏睡状態に陥り、翌日の午前11時頃、亡くなります。享年57才11ヶ月の命でした。三村は貸し金庫から自分と麻子の髪の毛を包んだ紙を取り出し、それを重ねて麻子の懐に入れます。そして淡々と葬儀の儀式に向かうのでした。

 ガルシア=マルケスではありませんが、無駄な文章といったものがまったく無く、美しい夫婦の形(などと書くと凡庸になってしまいますが)が淡々と描かれ、読みやすい文体とともに、素晴らしい小説だと思いました。「スノッブ」とか「ナイーヴ」といった言葉も、この小説の中で久しぶりに聞いた気がします。小説好きな方でなくとも、お勧めの本です。

→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/