どこまでだって歩いていけるさ

2012年1月22日 それまでの日記を引き連れてOCN Cafeから移住。
新しい扉の向こうには何があるのだろうか。

伝書鳩通信(pigeon express)

2004年11月13日 | 日記
日記拝読。

「イメージの明瞭化が、願望の成就につながる」

That's right!その通り。

明瞭にイメージできるということは、既に本質に達しているということでしょう。

ある本で読んだのですが、最近の子供に欲しい物を尋ねると、お金という言葉が返ってくるらしい。

私の子供時代は、自転車であったり、ちょっと高価なおもちゃであったり、カメラであったり、犬であったり、

その子供によってまちまちではあったけれど、はっきりとした物のイメージがありました。

(ついでに言うと、お金のことを口にするのははしたないこと、という感覚もあった。)

勿論、そのためにお金は必要なのだけれど、お金は手段であって目的ではなかった。

幸せになりたい、満足したい、楽しみたい、贅沢な暮らしがしたい。

漠然とした、ビジョンに欠けた願望は、絵に描いた餅以下。

自分にとって、幸せとは、満足とは、楽しみとは、贅沢な暮らしとは。

それを追求し、それにはどうすれば良いのか。

そこまで考えられれば、もう成就は手中に収めたも同然。

あとは、人事を尽くして天命を待つのみ。

本当に願望するということは、強く激しいものなのでしょうね。

もっとも人は、成就可能と思える願望しか抱かないものかもしれません。

今更、100メートルを9秒台で走りたい、なんていうことは望まないし・・・

可能性を信じ、どこまで願望を広げられるかも、能力の一つでしょうね。

で、万が一叶えられなかったら?(笑)

そういうことだって、あるでしょう?

私から言わせて貰えば、叶うかどうかは大した問題では無いと・・・

そのプロセスを純粋に楽しむこと。そこに人生の醍醐味があると思いますが。
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東京散歩(其の四)

2004年11月13日 | 日記
頭の中をビールでいっぱいにしながら、蔵前橋を目指す。

両国駅にはステーション・ビアホールがあり、一度行ったことがある。

そこで、ビールを堪能しようという計算。

でも耐え切れなくて雰囲気のいいお店があったら、入ってしまおうと思っていた。

こちら側に隅田川があるはず。近いぞ!

それで横道に。あった・・・。あったけれど、堤防が高くて覗けない~(涙)

蔵前橋に到達。隅田川って広い・・・

以前山形に旅行した時、土門拳の写真館まで歩いたことがある。

酒田の駅から3キロぐらいだろうか。最上川を渡るのが怖かった。

恥ずかしながら、車道に近いほうを歩いたものだ。

隅田川の水位は想像以上に高く、川を覗くと吸い込まれそう。

もうすぐ渡りきるというところになって、欄干の透かし彫りの絵模様の面白さに気づいた。

これは写真に収めなければ・・・

そんなことをしていたら、いつの間にか橋というものに慣れていた。―続く―
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東京散歩(其の参)

2004年11月13日 | 日記
散歩に地図は欠かせない。概ねの地理感覚はあっても、頼りにしてはいけない。

急がばまわれ。確かなのは、大通りを行くこと。

しかしまた、これを避けて裏道や横道を覗くのも、散歩の醍醐味。

面白い物に出会うのではないかという好奇心が起こり、誘惑に負けてしまう。

時折、袋小路に入ってしまい、引き戻すことも・・・散歩は人生の縮図かと思う。

渡ってみたかったのは、吾妻橋。アサヒビールの社屋を見たかった。

正確に言うと、巷で言われているう○ち型のオブジェを写真に収めたかった。

しかし、今回はあきらめよう。

名の付いた大通りを歩く者など、繁華街を除けば、週末には滅多にいない。

天気は上々だし、すこぶるご機嫌。それにしても、喉が渇いた。

ビール、ビール。頭の中で、ビールコールが・・・―続く―
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