常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

漱石枕流

2014年02月03日 | 日記


今日は節分、きのうからの雨で気温があがり、春めいている。光禅寺の庭園の雪がとけ石の上の苔が青々としている。やはり雪がなくなり、日がさすと苔も光合成をするのか、一段と緑色増すようだ。花壇の土にはスイセンの新芽が3センチほど伸びている。天気予報ではきょうの夜から寒波が南下して列島に居座るとのことだが、大寒を過ぎて春が目の前である。

中国の晋の時代に孫子荊という人物がいた。まだ少年のころ友人の王武子に自分は隠棲すると宣言した。王武子は、どうやって隠棲するかね、と聞いた。孫子荊は「漱石枕流、石に口を漱ぎ、流れに枕をするのさ」と言った。これは、「枕石漱流」つまり、石に枕し、流れに口を漱ぐというべきを間違えたのだ。友人が笑うと、頑固な孫子荊は負け惜しみに、流れに枕するのは耳を洗うためで、石に漱ぐのは歯を磨くためとこじ付けを言った。

夏目金之助が雅号に漱石を用いたのは明治22年(1889)5月22日である。金之助は「晋書」を読んで「枕石漱流」の故事を読んで早速付けたと言っている。「今から考えると、陳腐で俗気のあるもの」とも言っているが、頑迷な孫子荊のユーモラスに共感するところがあったのかも知れない。

枕する春の流れやみだれ髪 蕪村

漱石よりも前に、この故事の素材を使いながら自らの俳句の情景に仕立てたのは与謝蕪村である。晋書の故事は、日本の詩の世界に静かに深く組み入れられている。


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