ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

新 し い メ ニ ュ ー に

2022-07-16 14:07:28 | 出会い
 1日3食の全てが家内と2人だけ。
時には外食に出たくなる。
 ところが、身近の外食店にも限りがある。
店の雰囲気や味に、新鮮味が感じられず、
ため息することしばしば・・。

 お店にとって、「いつもの変わりなさ」を大事にするのは、
必要なことだと思う。
 しかし、その店ならではの新メニューなど、
新しさへのチャレンジに気づくと、私はことのほか嬉しくなる。
 2つを記す。

  ①
 私より10歳も上の兄は、
今も魚料理専門の店で、忙しく立ち働いている。

 年に数回、その店に顔を出すと、
10年前と何一つ変わらず、厨房のまな板を前に、
刺身包丁を握っている姿がある。

 しかし、体力の衰えは仕方なく、
最近は、昼食時間帯は息子らに任せているらしい。

 それでも、うまい魚への目利きは、
兄じゃなければダメなようで、
60歳になる息子を従えて、毎朝魚市場へ足を運んでいる。

 先日、久々に顔を出すと、
「いいところに来た。
今日は、美味い刺身がある。
 用意するから、待っていろ」。
相当自信があるらしく、兄の声には張りがあった。

 カレイの煮付け定食と一緒に出てきたのは、
白身の刺身だった。
 一切れを箸でつまんでみた。
身の締まり方や油のりに、見覚えがなかった。

 不思議そうな顔の私を見て、
「食べてみれ。美味いから」。
 またまた自信ありげな声だった。

 半信半疑、わさび醤油を少しつけてから、味わう。
ややふっくらとしているが、歯ごたいのある身だった。
 その上、咬めば咬むほど、品のある甘みが口の中で広がった。

 白いご飯とよくマッチした。
「これは!」と、もう1切れを口に。
 自信ありげな兄の態度に納得した。

 皿にならぶ刺身を再確認すると、
奮発したのか10数切れが、整然と並んでいた。
 嬉しくなった。

 だから、勢いよく訊いた。
「これ美味いなあ。なんの刺身なの?」。
 「なあ! 美味いべ。キンキだよ。
キンキの刺身!」。

 皿の刺身をじっと見た。
キンキの刺身なんて、見るのも聞くのも
食べるのも初めてだった。

 キンキは高級魚。
スーパーで、並んでいるのを見ることがある。
 やや大きめなら5千円の値がつく。
お頭をつけたまま煮付けにするのが、定番料理だ。
 じつに美味い。

 それが、生のまま。刺身なのだ。 
しかも、大きめの半身分が皿にもられて・・。

 もう言葉は邪魔だった。
白いご飯を片手に、カレイの煮付けも十分美味しいが、
それよりもキンキの刺身に心奪われた。
 ただ黙々と食べた。

 食べ終えてから、兄に言った。
「すごく美味かったけど、
キンキが刺身で出てくるなんて、ビックリだよ」。

 「3ヶ月くらい前になるかな。近くの回転寿司屋に行ったら、
キンキの握りがあってさ・・。
 そこで俺も初めて生のキンキを食べてみたさ。
これはいけると思って、うちでも刺身でだすことにしたんだ」。

 そう話しながらも、包丁を握る兄の手は休みなく動く。
立ち上がって、カウンター越しに手元をみると、
大ぶりのキンキが数匹、3枚に身おろしされていた。
 「明日、予約が入っているから、
刺身で出してやろうと思ってさ」。

 「それは、喜ぶよ!」。
お客さんの美味しそうな顔が、目に浮かんだ。

  ②
 東京で勤務していた頃、
時々北海道ラーメンが食べたくなった。
 そんな時に、何度か、
新橋駅近くにある『味の時計台』まで行った。

 初めて当地を訪ねた時、
『味の時計台』伊達インター店があることを知った。
 以来、自宅建築の打ち合わせに来るたびに、
昼食は、その店の味噌ラーメンにした。

 これから先、この美味しさが身近にある。
それだけで嬉しかった。
 移り住んでからは、懲りずによくその店でラーメンを食べた。

 3年前になるだろうか。
その日も夕食をラーメンにしようと、
2人で『味の時計台』へ行った。

 何を思ったのか。
その日の家内は、伊達インター店だけの特別メニューの一覧表を手にした。
 「たまには、違う物を食べてみる」と、
店オリジナルの『あんかけ焼きそば』を注文した。

 北海道ラーメンの名店『味の時計台』で、
ラーメン以外のものを注文する。
 そんな家内の思いつきに、私は納得がいかなかった。

 特別メニューを提供する店も店だが、
どの味のラーメンも、飽きのこない美味しさだ。
 客はその味を求めて、来店する。
店は『味の時計台』のラーメンに、
自信と誇りを持ってお客の提供すれば、それでいい。
 『あんかけ焼きそば』なんて、私には邪道にしか思えなかった。
私は、変わらず味噌ラーメンを食べた。
 当然、美味しいに決まっていた。

 数が月して、再び、暖簾をくぐった。
「だって美味しいんだもの」と、
家内は、また『あんかけ焼きそば』を注文した。
 周りのお客のオーダーが気になった。
『あんかけ焼きそば』は、かなりの人気だと知った。
 邪道と思い続けた私は、その人気を無視した。

 ところが、1年程前だったろうか。
「魔が差し!」。
 その日、目指した中華料理店が休業していた。
急遽、その足で『味の時計台』に向かった。

 邪道と思いつつも、そんないきさつが、
「同じ中華だ」と、家内と一緒の『あんかけ焼きそば』にさせた。

 10数種類の具材が入ったその焼きそばは、
食べ進めるにつれ、『味の時計台』ならではのものだと気づいた。
 名店のラーメンと変わらない美味しさに私は、十分満足した。
思い込んでいた「邪道」を、簡単に返上した。

 今は、味噌ラーメンより『あんかけ焼きそば』を食べに、
『味の時計台』伊達インター店へ行く。

 今年の春、その店の真っ赤な大看板がリニューアルされた。
見上げると、味噌ラーメンや醤油ラーメンが消え、
あんかけ焼きそばと餃子の文字が並んでいた。

 その看板に私は納得した。
そして、それを見た方が、
私のように「邪道」と思わず来店することを祈った。
 



    夏の花 ・ アジサイ 

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