ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

『味処 × × × 』 あれやこれや

2020-01-25 11:15:34 | 素晴らしい人
 ▼ 20年も前のことになる。

 校長としてはじめて着任した小学校のPTA会長さんは、
地元消防団でも頑張っていた。

 夜、7時をまわった頃、
校庭近くにある小さな空き地で、
仕事を終えた7,8人の消防団員が整列し、
放水訓練をくり返す姿を、よく見た。

 「いつも熱心に、ご苦労様です。」
私の声かけに、実直な会長さんは、
いつも同じフレーズで応じた。

 「ここは下町ですから、災害に弱いんです。
それには備えが大事なんで・・。」
 私より一回りも年下なのに、
彼の強い思いに頭が下がった。

 その彼が、「PTAとは関係ないのですが・・」。
そんな前置きをし「相談があって・・」と、
退勤間際の校長室へやって来た。

 「今年、消防団の慰安旅行(?)の幹事が回ってきて、
北海道へ行くことになりました。
 初日は、洞爺湖を見て、登別温泉に泊まる予定です。
確か、その近くが先生の実家と聞いていたので・・。
 実は、まだその時の昼食場所が見つからなくて、
どこかいい所をご存じならと思いまして・・」。

 その後、旅行人数、昼食予算、滞在時間等を訊き、
その場で、兄の飲食店『味処×××』へ、電話を入れた。
 兄は二つ返事で、
東京下町の消防団員の昼食を引き受けてくれた。

 旅行初日、新千歳空港に着いたメンバーは、
旅行社が手配したバスに乗り込んだ。
 そして、真っ先に兄の店を目指すことに。

 幹事の彼は、バスガイドに店の住所と電話番号を示し、
そこへバスで案内するよう頼んだ。
 すると、ガイドさんは明るく答えた。
「あら、『 × × × 』さんね。分かりました。」

 「そんな有名店なのか!」と、彼は驚き、訊いた。
「大きなお店なんですか。」
 「いいえ、でもこの人数なら大丈夫、入れます。」

 不思議そうな顔の彼に、ガイドさんは言った。
「私のバス会社の近くなんです。
よくお昼を食べに行くんです。だから・・。」

 「そんな偶然があるのだろうか。」
そう思いつつ、団員は兄の店の暖簾をくぐった。

 きっと、赤字覚悟で、
兄は準備をしてくれたのだろう。
 旅行を終え、お土産をもって訪れた会長さんは、
一気に言った。

 「とにかく美味しかったです。
あんな美味しいお刺身、初めてでした。
 1つ1つの小鉢も、いい味で、
お昼からお酒が進みました。
 その上、毛ガニの小さいのが、
1パイずつ全員に付いていたんです。
 それが、また美味しくて、
残した人は誰もいなかったんです。
 もう大満足でした。」

 予想外だったのだろう。
いつもと違って、彼は饒舌だった。

 「あのですね。その夜もホテルで蟹が出たんです。
でも、お兄さんの所とは全然違って、普通で、
みんな残す残す・・。」

 そんな嬉しい声を聞き、ほっとした。
その夜、兄に電話を入れた。
「世話になってるんだろう。
頑張って、用意したさ。
 消防団にもお前にも、喜んでもらえて、良かった。」
兄弟の有り難さが、身に浸みた。

 それから数日後だ。
退勤時に、同じ消防団員でPTA役員さんと、
自転車ですれ違った。

 「私も、消防団の旅行に行ってきました。
『 × × × 』さんの料理、美味しかったです。
 いつか、弟さんにお礼を伝えて下さい。」
  
 「いや、あれは、兄です。10歳も上の・・」
急ぎ、そう応じながら、嬉しいやら悲しいやら・・。
 そして、役員さんの驚きの表情ったら・・。
今もハッキリと目に浮かぶ。

 ▼ 私が、その小学校から異動した後、
兄を弟と思ったお父さんや、
PTA会長さんなど8人の役員さんで、
毎月コツコツと旅行貯金を始めた。

 そして、ついに5年後の夏だった。
初めて飛行機に乗るというお母さんもいたが、
羽田から千歳へ飛んだ。

 その目的は唯一。
消防団が行った『味処 × × × 』の料理を、
食べることだった。

 北海道の涼しさに、全員で驚き、
それでも宿泊先の温泉に浸かり、体を温めてから、
兄の店へ行った。

 開口一番、兄は、面倒な挨拶代わりに明るく言った。
「暑いね。扇風機いるかい?」

 私を含め全員が冗談だろと思いつつ、
笑いながら首を振った。
 「そうかい、今日は今年一番の暑さだから・・。
暑いしょ!」。

 私は、兄のそんな応対に、若干赤面しながらも、
用意してくれていた料理の席に案内した。

 そこには、飛びっ切りの品が所狭しと並んでいた。
中でも、キンキの煮付けの大きさに、私は驚き、
兄だからこその心遣いに、心を熱くした。
   
 しかし、東京暮らしの人たちに、
キンキは初めての魚だ。
 綺麗なこの赤魚が、どれだけの高級魚で貴重か。
それは分からなくて当然だった。

 私は、何の説明もせず、
「まずはキンキに箸をつけてから」と進めた。

 その夜、宿泊先での2次会は、
キンキの話題で持ちっきりになった。

 お酒を飲みながら、口々に言った。
 「毛ガニも美味かったけど、キンキの美味しいこと。」
「最後は、骨までしゃぶってしまったわ。」
 「頭の頬にあった身、あそこが最高。」
「あんなに生きのいいホヤも初めてだったけど、
それ以上に、キンキにはビックリ。」
 
 そんな声を聞きながら私は、
兄の「暑いね。扇風機いるかい?」を、
誰も話題にしなかったことに、
胸をなで下ろしていた。

 そしてもう1人。
「お兄さん、若く見えたね。」
と、誰かが言い出した時、すぐに話題を変え、
胸をなで下ろした人がいた。


    

   洞爺湖のむこうに 冬の羊蹄山が   

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