伊達に移り住んで7年半になる。
その間に、出会った人々とのちょっとしたエピソードを、
『だての人名録』と題して、綴ってきた。
1年数ヶ月ぶりになるが、その第8話である。
16 寂しげな背中
昨年、旭川のハーフマラソンを終えてから、
少し心を入れ替え、
総合体育館内のトレーニング室へ行くことにした。
ハーフマラソンを走るごとに、
ワーストタイムを更新している。
これは、年齢とともに衰える体力が原因と、
私自身を納得させてきた。
しかし、「それにしてもだらしない!」。
「そうだ。筋力を付けよう!」。
これが、1年以上もご無沙汰していた、
トレーニング室へ通う動機だ。
「最低でも、1週間に1回は・・!」。
そう決めたものの、中々思い通りにはいかない。
でも、何とか今日まで続いている。
そんなある日のことだ。
「さあこれから頑張ろう」。
そう意気込んで、誰もいない更衣室で、
着替えを始めてすぐだった。
もの静かに入室してきた方がいた。
不意のことで、ビックリして振り向いた。
長身で、イケメンというのだろう。
伊達では、あまり見かけないダンディーな感じの、
垢ぬけた同世代だった。
私を見るなり、小さく頭をさげ、
「こんにちは」と声をかけてくれた。
セーターを脱ぎかけていた手を一瞬止めて、
私も「こんにちは」と返した。
彼は、空いていた同じ向きのロッカーに、
持参したバックを置きながら、
すぐに小声で、私に話しかけてきた。
「普通、挨拶したら、挨拶しますよね。」
突然の問いに、真意が飲み込めず、
再び私の手は止まり、少し不思議な顔をした。
「ほら、今みたいに、
挨拶を交わし合うでしょう?。
普通は!。」
彼は、尖った話し方をした。
意が通じ、やや穏やかな声で応じた。
「そうですね。」
その言葉が待ちきれなかったかのように、
私の声に彼は重ねた。
「なのに、ここに入っても、
誰も挨拶しないんですよね。」
確かに、以前から、挨拶を交わす雰囲気は、
この更衣室にはなかった。
4,5年前の開設当初から、
何故か着替えが一緒になった者同士の挨拶はなかった。
私も顔見知りでない限り、
私から挨拶をしたことがなかった。
そんなことをとっさに思った。
彼の想いに興味が湧いた。
なので、おっとりとした感じで同意を伝えてみた。
「そうですね。本当にここでは・・。」
すると、彼は思いがけないひと言を発した。
「まったく、伊達の人は分からない。
挨拶も、ろくにしないんだから。」
意外すぎた。
思わず驚きの表情になっていた。
彼は、私の変化に気づいた。
そして、
「エッ!、伊達の人?」。
今度は、ありありと彼の表情が変わった。
『シマッタ』と今にも言い出しそうだった。
彼のために、急いで打ち消した。
「私ですか。伊達に移り住んで、
7年半前になります。」
彼は、少し安堵した顔に変わった。
「どこから?」。
「もともとは北海道育ちですが、
40年程、東京で働き、住まいは千葉市内でした。
ご主人は?」
私は、努めて物静かな口調で応じた。
彼は、着替えを再開しながら、語り始めた。
「私も首都圏から、伊達に来たんです。
もう10年以上になるんだけどね・・。
それまでずっと向こうだったんです。
なんか・・・、ここで暮らしはじめたら、
それ程でもなくて・・・。
とにかく伊達の人は、分からない。
そう思わないですか?」。
思い過ごしなのか、
彼の整った顔に、だんだんと寂しさが漂った。
「これは、ほおっておけない。」
そう思いはじめ、どう返答しようか迷っていた。
「挨拶したって、知らん振りですよ。
どうしてなのか、難しい・・。」
再び、同じようなことを言い、曇る表情に、
私は、言葉を選びながら言った。
「幸い、ご近所さんをはじめ、
出会ってきた方々には、恵まれたようで、
良くしてくださり、
あまりイヤな想いをせずにきました。」
彼は、やや驚きの顔で、
でも、どこか信じがたいと言った目で私を見た。
やや生意気だと思いつつ、私は追加した。
「だけど、癖のある人は伊達に限らず、
どこにだっていますよ。
東京にだって、伊達にだって。
それは、どうしようもないことですよね。」
「そうか。来てすぐの頃から、
ご近所さんは、親切な人ばかりですよ。
ほんの2,3人なんだよ。
どこにでもいますよね。そうだなあ・・。」
彼は、小さくつぶやき、私を見た。
「これ以上、生意気なことは控えよう。」
私は、そう決め、着替えも終えたところだったので、
軽く会釈をし、トレーニングへ足早に向かった。
ストレッチを始めて、しばらくすると、
彼は、軽い筋トレマシンを使い、体を動かし始めた。
その後、バイクをゆっくりと漕いだ。
私は、いつもの順序で、体を動かした。
ダンベルを使った筋トレ、負荷をかけた20分のバイク、
そして40分にセットしたランニングマシンへと進んだ。
体が温まり、少し汗ばみながら、
彼の言葉と曇った表情をくり返し思い出した。
「伊達の人は、分からない。」
「どうしてなのか、難しい。」
次々と汗が流れはじめ、
気持ちも弾むはずなのに、いつもと違った。
重たい息を、はき続けた。
伊達に移り住み、彼に何があったのか。
私に、それを推測する手がかりも何もなかった。
しかし、失望している事実だけは、
会話から十分に汲み取った。
きっと、東京から明るい期待と一緒に、
やって来たに違いない。
それは、私の体験と同じはずなのだ。
それが、「ここで暮らしはじめたら、
それ程でもなくて・・」。
そうなってしまった。
その失意を推し量りながら、走った。
だが、それは私の想像の域を越えていた。
息苦しさがおそった。
まだ、マシンを漕いでいるはずの彼を探した。
あのすらっとした都会風の背中が、
やけに丸くなって見えた。
急に、切なくなった。
ランニングマシンを止め、
荒い息のまま、目の前のタオルで顔をおおった。
両手で顔じゅうの汗を、
思いきりぬぐうしかできなかった。
沈んだ気持ちのまま、自宅へ戻った。
雪のない2月のだて歴史の杜公園
その間に、出会った人々とのちょっとしたエピソードを、
『だての人名録』と題して、綴ってきた。
1年数ヶ月ぶりになるが、その第8話である。
16 寂しげな背中
昨年、旭川のハーフマラソンを終えてから、
少し心を入れ替え、
総合体育館内のトレーニング室へ行くことにした。
ハーフマラソンを走るごとに、
ワーストタイムを更新している。
これは、年齢とともに衰える体力が原因と、
私自身を納得させてきた。
しかし、「それにしてもだらしない!」。
「そうだ。筋力を付けよう!」。
これが、1年以上もご無沙汰していた、
トレーニング室へ通う動機だ。
「最低でも、1週間に1回は・・!」。
そう決めたものの、中々思い通りにはいかない。
でも、何とか今日まで続いている。
そんなある日のことだ。
「さあこれから頑張ろう」。
そう意気込んで、誰もいない更衣室で、
着替えを始めてすぐだった。
もの静かに入室してきた方がいた。
不意のことで、ビックリして振り向いた。
長身で、イケメンというのだろう。
伊達では、あまり見かけないダンディーな感じの、
垢ぬけた同世代だった。
私を見るなり、小さく頭をさげ、
「こんにちは」と声をかけてくれた。
セーターを脱ぎかけていた手を一瞬止めて、
私も「こんにちは」と返した。
彼は、空いていた同じ向きのロッカーに、
持参したバックを置きながら、
すぐに小声で、私に話しかけてきた。
「普通、挨拶したら、挨拶しますよね。」
突然の問いに、真意が飲み込めず、
再び私の手は止まり、少し不思議な顔をした。
「ほら、今みたいに、
挨拶を交わし合うでしょう?。
普通は!。」
彼は、尖った話し方をした。
意が通じ、やや穏やかな声で応じた。
「そうですね。」
その言葉が待ちきれなかったかのように、
私の声に彼は重ねた。
「なのに、ここに入っても、
誰も挨拶しないんですよね。」
確かに、以前から、挨拶を交わす雰囲気は、
この更衣室にはなかった。
4,5年前の開設当初から、
何故か着替えが一緒になった者同士の挨拶はなかった。
私も顔見知りでない限り、
私から挨拶をしたことがなかった。
そんなことをとっさに思った。
彼の想いに興味が湧いた。
なので、おっとりとした感じで同意を伝えてみた。
「そうですね。本当にここでは・・。」
すると、彼は思いがけないひと言を発した。
「まったく、伊達の人は分からない。
挨拶も、ろくにしないんだから。」
意外すぎた。
思わず驚きの表情になっていた。
彼は、私の変化に気づいた。
そして、
「エッ!、伊達の人?」。
今度は、ありありと彼の表情が変わった。
『シマッタ』と今にも言い出しそうだった。
彼のために、急いで打ち消した。
「私ですか。伊達に移り住んで、
7年半前になります。」
彼は、少し安堵した顔に変わった。
「どこから?」。
「もともとは北海道育ちですが、
40年程、東京で働き、住まいは千葉市内でした。
ご主人は?」
私は、努めて物静かな口調で応じた。
彼は、着替えを再開しながら、語り始めた。
「私も首都圏から、伊達に来たんです。
もう10年以上になるんだけどね・・。
それまでずっと向こうだったんです。
なんか・・・、ここで暮らしはじめたら、
それ程でもなくて・・・。
とにかく伊達の人は、分からない。
そう思わないですか?」。
思い過ごしなのか、
彼の整った顔に、だんだんと寂しさが漂った。
「これは、ほおっておけない。」
そう思いはじめ、どう返答しようか迷っていた。
「挨拶したって、知らん振りですよ。
どうしてなのか、難しい・・。」
再び、同じようなことを言い、曇る表情に、
私は、言葉を選びながら言った。
「幸い、ご近所さんをはじめ、
出会ってきた方々には、恵まれたようで、
良くしてくださり、
あまりイヤな想いをせずにきました。」
彼は、やや驚きの顔で、
でも、どこか信じがたいと言った目で私を見た。
やや生意気だと思いつつ、私は追加した。
「だけど、癖のある人は伊達に限らず、
どこにだっていますよ。
東京にだって、伊達にだって。
それは、どうしようもないことですよね。」
「そうか。来てすぐの頃から、
ご近所さんは、親切な人ばかりですよ。
ほんの2,3人なんだよ。
どこにでもいますよね。そうだなあ・・。」
彼は、小さくつぶやき、私を見た。
「これ以上、生意気なことは控えよう。」
私は、そう決め、着替えも終えたところだったので、
軽く会釈をし、トレーニングへ足早に向かった。
ストレッチを始めて、しばらくすると、
彼は、軽い筋トレマシンを使い、体を動かし始めた。
その後、バイクをゆっくりと漕いだ。
私は、いつもの順序で、体を動かした。
ダンベルを使った筋トレ、負荷をかけた20分のバイク、
そして40分にセットしたランニングマシンへと進んだ。
体が温まり、少し汗ばみながら、
彼の言葉と曇った表情をくり返し思い出した。
「伊達の人は、分からない。」
「どうしてなのか、難しい。」
次々と汗が流れはじめ、
気持ちも弾むはずなのに、いつもと違った。
重たい息を、はき続けた。
伊達に移り住み、彼に何があったのか。
私に、それを推測する手がかりも何もなかった。
しかし、失望している事実だけは、
会話から十分に汲み取った。
きっと、東京から明るい期待と一緒に、
やって来たに違いない。
それは、私の体験と同じはずなのだ。
それが、「ここで暮らしはじめたら、
それ程でもなくて・・」。
そうなってしまった。
その失意を推し量りながら、走った。
だが、それは私の想像の域を越えていた。
息苦しさがおそった。
まだ、マシンを漕いでいるはずの彼を探した。
あのすらっとした都会風の背中が、
やけに丸くなって見えた。
急に、切なくなった。
ランニングマシンを止め、
荒い息のまま、目の前のタオルで顔をおおった。
両手で顔じゅうの汗を、
思いきりぬぐうしかできなかった。
沈んだ気持ちのまま、自宅へ戻った。
雪のない2月のだて歴史の杜公園
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