ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

学校の 事件簿 <2>

2017-08-05 09:26:44 | 教育
 20年も前、教頭時代に経験した出来事の続きである。

 ③
 教頭として最初に赴任した小学校は、
国際理解教育の推進校だった。
 当時はまだ、国際理解など目新しく、
学校教育の先進として、ちょっとした自負があった。

 そんな事情もあり、
行政が行う国際交流で、都や区を訪ねる外国の要人が、
学校訪問を希望した折などに、
よく私の学校においでになった。

 1,2か月に1回程度の割で、外国からのお客様があった。
その都度、歓迎会をし、
教頭が学校の概要説明と授業参観の案内役をした。
 貴重な経験をさせてもらったと、今も感謝している。

 さて、事件である。

 中国の某市から、区に訪問団が来た。
7,8人だったと記憶している。
 区長も同行して、本校を視察することになった。
昼食を交え、4時間ほどの滞在計画だった。

 10時の到着を待って、正門から学校の玄関までの校庭に、
高学年の子ども達が、中国と日本の小旗を持って列を作った。

 予定の時刻に、公用車など5台の黒塗りの高級車が、
並んで到着することになっていた。

 出迎えの準備が全て整い、校長と私は子ども達の列の先頭、
両国の国旗を掲げた校門前に立った。

 ここで、事件が発生した。
確か、朝早く主事さんは、この正門前を竹ぼうきで、
いつもより時間をかけて掃いていた。

 なのに、その門の真ん中に、
大きな犬のフンがドカッとあったのだ。

 知らせを聞いた主事さんが、血相を変えて、
ほうきとちり取りを持って走ってきた。

 ところが、通りを曲がって、
あの黒塗り高級車が見えた。
 その距離、100メートル程だろうか。

 このままだと、犬のフンを掃除している真っ最中に、
車は到着し、ドアが開くことになる。

 あせった。
とにかく正門に着くのを、少しでも遅らせることだ。

 私は、とっさに道路の中央を、
黒塗りに向かって、ゆっくりと走った。
 近くなると、両手を広げ車を止めた。

 そして、助手席のガラスをノックした。
ドアウインドが静かに降りた。

 「教頭でございます。
本日は、ご来校ありがとうございます。
 すぐそこが、本校正門でございます。
先頭車は、その真横に停止して下さい。
 校長が、お客様をお迎えする手はずになっております。
その後、玄関まで子ども達が列を作っております。
 そこをお進みくださいますよう、お願い致します。」
 
 私は、当然の行動とばかり、
平静を装い、ゆっくりとした語りに努めた。
 同乗していた通訳が、それを伝えてくれた。

 「では、どうぞお進み下さい。」
車から、一歩離れ、頭をさげた。
 犬のフンを掃除するには、十分な時間だった。

 5台の車が私の前を通りすぎた。
ホッと息をしたその先で、
校長が、笑顔でお客様と握手していた。

 ④
 20年程前、ようやく「いじめ」が、
学校で大きく問題視されはじめた。
 教育委員会も学校も、いじめ防止やいじめ対応に、
本腰を入れだした。

 その頃のことだ。
4年生の担任が暗い顔で、教頭の私へ報告にきた。

 「また、Mちゃんの靴がなくなったんです。もう5回目ですよ。」
「またか・・。それで、まだ見つからないの?」
 「今、授業を中断して、みんなで校内を探してます。」
「そうですか。早くみつかると、いいけど・・。
それにしても、誰が隠すんだろうね。」
 「全然分かりません。もう、・・。」

 まじめな担任は、度重なるごとに、
表情を曇らせるばかりだった。

 最初の靴隠しから、1ヶ月になる。
その間、Mちゃんの両親と担任の話し合いが、2回あった。
 その度に、担任は早期の解決を保護者に約束した。

 私は、学級の雰囲気が気になり、
何度も授業中の教室を訪ねた。

 こんな事件など想像できない程、
子ども達は明るく伸び伸びとしていた。
 授業には、いつも活気があった。

 その中で、口数の少ないMちゃんだったが、
だから学級に溶け込んでいないかと言えば、
他の子とのやりとりに違和感など、全く感じなかった。

 しかし、この事件には不可解な点が1つあった。
なくなった靴が、2,3日後には必ず見つかるのだ。

 それも、なくなった直後に探したときにはなかった場所から、
その靴は発見されるのだ。
 つまり、隠した当初は違う所にあった靴が、
いつの間にか発見場所に移されているのだった。

 だから、事件は益々深刻に受け止められた。
担任も子ども達も、職員も保護者も、
不安な心境に拍車がかかった。

 担任の度重なる指導に、
子どもの誰からも靴隠しの情報はなかった。
 私は、学級の子どもの様子に、
さらに注意の目を向けた。

 そして、6度目、7度目と、
4,5日おきに、Mちゃんの靴が玄関の靴箱から消えた。

 ついに、保護者からの要望もあり、
夜7時から臨時の学級保護者会を行った。

 担任が、これまでの経過を、詳しく説明した。
私は、こんなことを保護者に話した。

 「いじめには、必ずいじめている子がいます。
そして、そのいじめを知っている子、
何となく気づいている子がいるんです。
 靴隠しもきっと、同じだと思います。
隠した子だけではなく、それを知っている子、
なんとなく気づいている子がいていいのです。
 学校は、引き続き子どもたちの変化から、
その真相を探っていこうと思います。
 どうぞ、ご家庭でもご協力をお願いします。」

 その保護者会があってから1か月程、靴隠しはなかった。
だが、8度目が起きた。

 ところが、事件は、急展開を見せたのだ。
それは、主事さんのひと言からだった。

 昼休み、Mちゃんが4階のはずれにある、
社会科資料室から出てくるところを見たと、言うのだ。

 その資料室のそばには、あまり利用されないトイレがあった。
それでも、主事さんは週に1回、そこを掃除した。
 その時に、2、3度Mちゃんを見たのだ。

 8回目のその夕方、
担任と私は、その資料室をくまなく探した。
 古い戸棚と戸棚の隙間に、Mちゃんの靴があった。

 翌日の放課後、Mちゃんを残し、二人で問いただした。
社会科資料室に自分の靴を隠したこと、
そして数日後、みんなの目につく所に移したことを、
Mちゃんは話した。

 「先生やみんなが困るのが、面白かった。
それから、お父さんやお母さんが、
私の心配をしてくれるのか嬉しかった。」
 Mちゃんは、小さな声で、ポツリポツリと言った。

 「そうか。そうだったのか。」
私は、返す言葉につまりながら、
子供心の複雑さを強く感じた。

 それでも、
「もう、こんなことは止めよう。
決していいことじゃない。
みんなを困らせたり、心配させたりするのは、悪いことです。」
厳しい表情で、強く叱った。

 その後、靴隠しはなくなり、
子ども達から、その不安は次第に消えていった。
 そして、いつしかその全てが、忘れ去られた。




 もうはやナナカマドが色づいた トホホ

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