ムギと王さま/ファージョン・作 石井桃子・訳/岩波少年文庫/2001年
道に迷った旅人が、先にすすむか、あとへもどうかと思案しているとき、森の中から音楽がきこえてくるのに気がつきました。
であったのはオルガンひき。どこにいるかたずねると、「だんな、ちょっとおまちなせえ」「この曲を終えてしまいますからな。よかったら、おどりなせえ」
いわれた旅人は、たいそすばやく陽気におどり、曲が終わると一ペニーをさしだします。
オルガンひきは、一ペニーをもらうのは、ひさしぶり。「子どもたちが窓からのぞいている家がないと、きみはこまるんじゃないかね?きみがオルガンをならしても、だれがおどるんだね?」という旅人に、オルガンひきはこたえます。
「むかしは、窓のある家の前でオルガンをならし、12ペンスとこもうけると、半分はためたもんだ。ところがかぜをひいてねむり、しばらくして外にでてみると、いつもの裏通りじゃオルガンがなっているし、もうひととこでは蓄音機、ハープとコルネットがなっていて、引退する時期がきたなとおもって、いまじゃすきなところでオルガンをならしている」といいます。
「だれが、おどるんだねと?」と、旅人がもう一度聞くと、オルガンひきはひ「森の中でも、踊り手に不足はなしよ」と、こたえます。
森の中の踊り手というのは、花や小川やガやホタルや葉などでした。
やがて旅人は踊っているうちに、曲はかすかになり、いつのまにか道に出ていました。
森のなかは、おどりでいっぱいというのは、幻想でしょうか。
時代が変わると、捨てられるもの、忘れ去られるものさまざま。ここでは手回しオルガンですが、取り残されたものに対する愛着がこめられているようです。
ところで手回しオルガンは、比較的小さめ。首や肩からベルトで吊るせる位の大きさの箱に収まっているもので、オルゴールのようにあらかじめ用意された旋律を奏でることが可能な自動演奏楽器といいます。