(2021年9月訪問)
前回記事までの群馬県西毛地方から、碓氷峠を越えて長野県東信地方へとやってまいりました。東信地方にも温泉はたくさんありますが、中でも私好みの渋い温泉施設を目指すことにします。
「牛に引かれて善光寺詣り」という有名な言葉がありますが、これは小諸市の布引観音に由来しているんですね。むかしむかし、小諸付近に住んでいた吝嗇で不信心な婆さんが川で布をさらしていたところ、牛が角にその布をひっかけて走り去ろうとするので、布を取られてなるものかと必死になった婆さんはその牛を追いかけていったら、いつの間にやら善光寺にたどり着き、途方に暮れて善光寺で夜を明かそうとすると、夢枕に仏様が現れたんだとか。それ以来婆さんは仏様を篤く信じるようになったんだそうですが、婆さんの布を持って行った牛は、実は観音様の化身であり、その観音様を祀ったのが布引観音なんだそうです。小諸付近で千曲川沿いに車を走らせていると、途中で断崖絶壁の下を走行しますが、ちょうどその断崖絶壁の途中に布引観音の観音堂があります。
前置きが長くなってしまいましたが、この布引観音から市境を越え小諸市から東御市に入って間もなくのところにあるのが、今回取り上げる「布引観音温泉」です。私も車を運転する途中で、婆さんの吝嗇さと自分のケチ臭さはどちらがひどいのだろうかと思いながら、観音堂がある断崖絶壁の下を走り市境を越えて現地へと向かいました。
駐車場の一角がぬかるんでいたので、どうしたものかと近づいてみたら、鬱蒼と茂る藤棚の下に飲泉所が設けられ、ぬるい源泉がチョロチョロと落とされていました。記事後半でも触れますが、この飲泉所には「深層水」と称する水も滴り落ちていました。温泉とは異なる水なのでしょうか。
牛に布を持っていかれた婆さんがいまにも中から現れそうな感じの、少々草臥れた建物ですが、ここでは宿泊も可能なんだとか。日中なのにやや薄暗い感が否めない館内に入り、受付で直接おじさんに湯銭を支払います。この受付カウンターそばにロッカーが設置されているので、貴重品はそちらへ預けても良いですし、脱衣室内にも100円リターン式ロッカーが設置されていますから、それを利用しても良いでしょう。なお脱衣室内にドライヤーは見当たりませんでした。
お風呂は男女別内湯のみ。青森県の温泉銭湯を思わせるような建物の造りから想像するに、おそらく男女浴場はシンメトリーな構造になっているものと思われます。浴室はそこそこ広いのですが天井や壁などに随所にシミや汚れが多く、照明も一部切れていて、渋い施設に慣れていない方ですと、ちょっと不安になってしまうかもしれません。
浴場の中央には4m×2mの長方形の浴槽が据えられ、隅っこにも浴槽がひとつ設けられています。中央の浴槽は温泉槽で、隅っこにあるもう一つの浴槽は上述の駐車場飲泉所でも触れた「深層水」と称する水の水風呂です。ところで深層水ってどういう水なのでしょう。海洋深層水という名称を冠した商品ならば目にしますが、信州の人里ですから海洋とは無縁であり、となれば深層とは所謂深井戸のことなのか、はたまたそれとは別なのか…。不思議に思って公式サイトを見てみたら、どうやら地下140mから汲み上げている地下水のことを意味しているようです。
男女両浴室を仕切る塀に沿って洗い場が配置されており、シャワー専用の単水栓が4つ並んでいます。水栓からは源泉のお湯が出てくるのですが、吐出圧力が弱く、しかも間欠泉のように出たり出なかったりするので、使い勝手はいまいち。なお石鹸類など備え付けは無いので持参しましょう。
中央の温泉浴槽は、真ん中に設けられた仕切りで二つに分けられています。脱衣場側の浴槽は湯口からお湯が投入されて適温が維持されているのですが、もうひとつの湯尻側の浴槽はぬるくて、湯鈍りを起こしているような感じでした。なお浴槽内で循環させているような様子は見られなかったので、おそらくかけ流しの湯使いかと思われますが、加温や加水、消毒の実施状況は不明です。湯船のお湯には貝汁のような弱い濁りが見られますが、元々そのような濁りを呈するお湯なのか、はたまた湯鈍りなのかという点についても、私には判別できませんでした。
駐車場の飲泉所やお風呂の湯口から出てくるお湯を口に含んでみますと、弱い塩味と微かな出汁味、そして何やら有機的な風味が感じられ、どことなく青森県津軽平野に湧出する食塩泉的な味や匂いに似ています。上述でこの浴場の様子を「青森県の温泉銭湯」と表現しましたが、浴場の造作や構造のみならず、そこで供給される温泉の知覚的特徴までも、青森県っぽいのです。信州と津軽は何百キロも離れていますが、思わぬところで似た特徴を有する温泉に遭遇し、私は東信の地で湯浴みしながら遠く離れた津軽平野の情景を思い出したのでした。
なお湯中ではツルスベ浴感が得られるほか、さほど熱いお湯ではないにもかかわらず、さすが食塩泉だけあって、全身しっかりと温まり、火照って汗が止まらなくなりました。
この地で入浴していたら牛に引かれて善光寺どころか津軽まで連れていかれそうな気がしないでもないのですが、そんな冗談はともかく、温泉入浴にサウナや露天風呂など余計な設備は不要とお感じの方や、かけ流しの温泉が好きな方、そして渋い施設が好きな御仁にはもってこいの温泉浴場かと思います。
ナトリウム-塩化物温泉 42.3℃ pH8.1 湧出量記載なし(掘削自噴) 溶存物質1.920g/kg 成分総計1.924g/kg
Na+:609.6mg(85.33mval%), Ca++:84.2mg(13.51mval%), Fe++:0.3mg,
Cl-:1017mg(92.44mval%), Br-:4.4mg, -:1.4mg, HS-:0.2mg, SO4--:29.3mg, HCO3-:100.9mg,
H2SiO3:55.8mg,
(平成29年12月11日)
長野県東御市布下489‐1
0268-67-3434
ホームページ
日帰り入浴9:00~18:00
500円
ロッカーあり。石鹸類・ドライヤー無し
私の好み:★★+0.5