「まま」唐島が仲裁に入った。彼はまた話の主導権を奪われつつあるのである。大学の教師なんてものは、教壇という権威に体を支えられてこそ、一時間も二時間も独演会をぶつことができる。空手ではどうも威勢が足らない。学会の討論なんて武芸で言えば演武、市井の乱取りに下手に手を出すべきではないのかも知れない。
「ま、夏目漱石と個人主義でしたな。漱石はまさに時代に先駆けて警笛を鳴らしたのです。彼は実に先見の明があった。個人主義とは、一言で言えば」
ほう一言で言えば、と合いの手を入れたのはたっちゃんである。
「不信です」
「不信」と叔父。
「不信です」と空であることに誰も気づいてくれないグラスを見つめながら、唐島は繰り返す。「他人を根底で信用しないところから自立の精神は始まるのです。違いますかね」
「夏目漱石もそういうことを言ってましたな」
たっちゃんが懲りずに漱石を持ち出す。暇も金もある代わりに生きがいの無い境遇の男である。他人の会話の中に自分の存在意義を見出そうと必死である。
(つづく)
「ま、夏目漱石と個人主義でしたな。漱石はまさに時代に先駆けて警笛を鳴らしたのです。彼は実に先見の明があった。個人主義とは、一言で言えば」
ほう一言で言えば、と合いの手を入れたのはたっちゃんである。
「不信です」
「不信」と叔父。
「不信です」と空であることに誰も気づいてくれないグラスを見つめながら、唐島は繰り返す。「他人を根底で信用しないところから自立の精神は始まるのです。違いますかね」
「夏目漱石もそういうことを言ってましたな」
たっちゃんが懲りずに漱石を持ち出す。暇も金もある代わりに生きがいの無い境遇の男である。他人の会話の中に自分の存在意義を見出そうと必死である。
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