た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

無計画な死をめぐる冒険 54

2007年01月07日 | 連続物語
 「まま」唐島が仲裁に入った。彼はまた話の主導権を奪われつつあるのである。大学の教師なんてものは、教壇という権威に体を支えられてこそ、一時間も二時間も独演会をぶつことができる。空手ではどうも威勢が足らない。学会の討論なんて武芸で言えば演武、市井の乱取りに下手に手を出すべきではないのかも知れない。
 「ま、夏目漱石と個人主義でしたな。漱石はまさに時代に先駆けて警笛を鳴らしたのです。彼は実に先見の明があった。個人主義とは、一言で言えば」
 ほう一言で言えば、と合いの手を入れたのはたっちゃんである。
 「不信です」
 「不信」と叔父。
 「不信です」と空であることに誰も気づいてくれないグラスを見つめながら、唐島は繰り返す。「他人を根底で信用しないところから自立の精神は始まるのです。違いますかね」
 「夏目漱石もそういうことを言ってましたな」
 たっちゃんが懲りずに漱石を持ち出す。暇も金もある代わりに生きがいの無い境遇の男である。他人の会話の中に自分の存在意義を見出そうと必死である。

(つづく)
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 無計画な死をめぐる冒険 55 | トップ | 無計画な死をめぐる冒険 53 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

連続物語」カテゴリの最新記事