た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

無計画な死をめぐる冒険 109

2008年05月11日 | 連続物語
 舞台の位置は観客が決める。
 観客というのは何も蕎麦屋と暇人の二名だけではない。先ほどから、単なる同情や憐憫とは違う種類の視線があちこちから美咲に注がれている。只今の舞台は私の遺影にはない。坊主の禿げ頭にはもちろんない。まさに疑惑の渦中なるこの狐目の未亡人にある。舞台の上に引き摺り出された彼女は、青白い顔をして坊主の座る金襴の座布団を見つめている。黙って座っていますがもうこれ以上一刻も我慢できません、という表情で眉間に皺を寄せている。風説流言は耳をそばだてずとも彼女の耳に届き、じわじわと締め付ける真綿のように彼女の首に巻きついているのだ。止むを得まい。因果応報、自業自得である。
 少し離れたところでは大仁田が、心配しているのか、疑っているのか、あるいは疑いながら心配しているのか、はっきりしない困惑の目で女主人の横顔を見つめている。その視線は極めて落ち着かない。ときどき周囲の群衆を監視するように眺め回し、また女主人に視線を戻す。美咲が顔を上げる。二人の目が合う。そんなとき、大仁田は安心しろと言わんばかりに頷いて見せる。何が安心しろであるか。私はこの性悪女を睨みつける。ヌケブスめが。怒鳴って尻を蹴り上げる。当たらないし聞こえないのは承知の助である。しかし何しろ葬儀の始まる前、この女が廊下で美咲に呟いたのを私は聞き逃さなかったのだ。この極悪女は他殺の嫌疑にうんざりしたように首を振って見せた。「旦那様がほんとに鼻風邪でも引いて、お薬を呑んでたのかも知れませんしね」
 それから、彼女は確かにこう付け加えた。
 「ええ。ひょっとして、ひょっとしてでございますよ。わざと・・・その、奥様をこうして困らせるのが、旦那様の計略だったりして・・・」

(つづく)
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