「へえ、変な噂を」
「たつ公、お前何か知ってるか」
「別に。知ってるってほどじゃありませんが」
たっちゃんは澄まし顔であらぬ方を眺める。秘密を握る者として愉快で堪らないのである。この男はまったく、死んでも思うがつくづく浅はかである。他人の知らない秘密を先に知れば賢くなった気分になっているのだ。しかし秘密とは智恵でも知識でもない。深遠でもなければ高等でもない。単に他人がまだ知らないというだけのことである。秘密をもって優越感に浸るのは真っ先に西瓜にかぶりついて自慢とする児童と変わるところがない。
森田屋の親父は親父で、野次馬根性が前掛け締めて蕎麦打っているような人間だから、たっちゃんの隣に座った当初から聞き出すことが目的である。
「なあ、警察が動いているんだって」
「え? まあ」情報をひけらかしたい一心の浅はか男はもう我慢できない。「実はね。内密な話だけど・・・」
「何聞こえねえ」
「内密な話だけど、ひょっとして、毒殺かも知れないって」
「何」
「しっ」
「おい、じゃあ遺体から青酸カリが見つかったって噂は、ありゃほんとか」
「もっと声落として。誰ですかそんな噂流したの」
「じゃあ何なんだ」
「よくわからないんだなあこれが。訊いても教えてくれないし。ヒ素だって話もある」
「ヒ素? なるほどヒ素か」
「しかし問題は犯人でしょう」
「おうよ。問題は犯人よ。犯人は誰よ」
「それがねえ・・・」
たっちゃんは言葉を切り、視線を意味ありげに我が妻美咲の背中に送った。「・・・まだわからないんだなあ」
「ふうむ」
森田屋の親父はたっちゃんの視線の先を追い、これも意味ありげに頷く。「そうかあ。まだわからんのか」
(つづいてます)
「たつ公、お前何か知ってるか」
「別に。知ってるってほどじゃありませんが」
たっちゃんは澄まし顔であらぬ方を眺める。秘密を握る者として愉快で堪らないのである。この男はまったく、死んでも思うがつくづく浅はかである。他人の知らない秘密を先に知れば賢くなった気分になっているのだ。しかし秘密とは智恵でも知識でもない。深遠でもなければ高等でもない。単に他人がまだ知らないというだけのことである。秘密をもって優越感に浸るのは真っ先に西瓜にかぶりついて自慢とする児童と変わるところがない。
森田屋の親父は親父で、野次馬根性が前掛け締めて蕎麦打っているような人間だから、たっちゃんの隣に座った当初から聞き出すことが目的である。
「なあ、警察が動いているんだって」
「え? まあ」情報をひけらかしたい一心の浅はか男はもう我慢できない。「実はね。内密な話だけど・・・」
「何聞こえねえ」
「内密な話だけど、ひょっとして、毒殺かも知れないって」
「何」
「しっ」
「おい、じゃあ遺体から青酸カリが見つかったって噂は、ありゃほんとか」
「もっと声落として。誰ですかそんな噂流したの」
「じゃあ何なんだ」
「よくわからないんだなあこれが。訊いても教えてくれないし。ヒ素だって話もある」
「ヒ素? なるほどヒ素か」
「しかし問題は犯人でしょう」
「おうよ。問題は犯人よ。犯人は誰よ」
「それがねえ・・・」
たっちゃんは言葉を切り、視線を意味ありげに我が妻美咲の背中に送った。「・・・まだわからないんだなあ」
「ふうむ」
森田屋の親父はたっちゃんの視線の先を追い、これも意味ありげに頷く。「そうかあ。まだわからんのか」
(つづいてます)
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