その人はじっとこちらの目を見つめてきた。
一日分の塵芥が漂う喫茶店の片隅で、私はその人とひとしきり語り合った。
綺麗な肌と、変化のない表情をした人だった。その人にじっと見つめられると、自分の語る言葉が誠実でないことを探り当てられたような居心地の悪さを覚えた。それでいて、その人を見返さずにはいられない魅力があった。私はずいぶん上滑りな調子でしゃべったことだろう。
その人が微笑んだ。それだけで、私は続きの言葉を失った。
喫茶店の外では、根雪も解けて春を待つばかりになった街が、気を急かさないようにと夜気にしっかり冷やされていた。若者たちは高笑いしながらも足早に通り過ぎた。街には祝祭の日が近づきつつあった。あるいは、遠ざかりつつあった。結局、それは数ある一日の終わりに過ぎなかった。酔っ払いが道路に悪態を吐いた。タクシーが徐行した。月の光は今夜、街のどの辺りに届いているだろうか?
私は頭の片隅でそんなことを考えた。
ああ、世の中には、見つめるだけで相手に二倍の人生を歩ませる人もいる!
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