た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

無計画な死をめぐる冒険 129

2008年05月11日 | 連続物語
 「私は────私は、あの女に、笛森志穂という女に用があったのだ。あなたにはない」
 天空で風が鳴る。
 「笛森志穂はお前が見える」
 「そうだ。まさにそうなのだ」
 「お前の声も聞ける」
 「そうなのだ。どうしてなんだ。そこが知りたい。どうして彼女は私を見聞きできるんだ」
 一呼吸分の間があった。
 「お前が笛森志穂の前に姿を現し、声を発したからだ」
 「そんなことがあるものか。では、どうして他の者には見えない。聞こえない」
 「お前が他の者には姿を現さないし声を発しないからだ」
 私は髪を掻き毟った。「それでは答えにならん」
 「答えだ」
 巨岩が転がるような声。私は三歩分退いた。
 「答えです。確かに、おそらく、答えでしょう。いやしかし────私だって、私だって出来ればみんなの前に姿を現したいと思っている。声を掛けたいと思っている。声なんぞ、何遍も掛けてみた。だが聞こえないんだ。聞こえない。彼らには。目の前に立ちはだかっても、まばたき一つしてくれない」
 「見える者もいる」
 「だから、笛森志穂という女は例外だ。いや、美咲も。美咲は瞬間的に私を見た。一瞬だが見えたようだ・・・う・・・五岐という警部はさっき、私の手を、ひょっとして首筋に感じたかもしれん」
 鬼はまるで、私がもう自分で答えを見つけたかのように黙っていた。
 「どうしてなんだ。だから。え? 答えてくれ。そこに立っているのは答えてくれるためなんじゃないのか。私は彼らの前に立ち、声をかけた。私は何度も私を発信しようとしてきた。それを受け取れる者と、受け取れない者がいるのはなぜだ」



(つづく)
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