た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
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無計画な死をめぐる冒険 65

2007年01月07日 | 連続物語
 立ちこめる水煙の影で蛙が鳴く。
 剪定を怠った大人の背丈ほどの松と、色艶の悪い楓、木蓮、ナンテン、シャガ、雑草。玄関の大松と一緒で、初代の家主の造作である。何でも生生流転を表していて、なるほどそう思って見ると庭石の配置が西から東へ高く低く流れるように見えなくもない。しかしあちこちで雑草が「生生流転」の流れを食い止めている。
 雨音に混じり、げげ、と蛙が鳴く。
 「生成」に当たる一番大きな岩の上に、鳴き声の主がいた。いぼ蛙である。いぼ蛙は美咲の方を向いている。
 美咲は雨脚をじっと見つめて立っている。
 美咲の隣には大仁田がいる。奥さん、雨に濡れますよ、と大仁田が言う。お前まで濡れることはないよ、と美咲が暗い声で言い返す。
 「しかしねえ、こんなひどい通夜は見たことないよ」
 妻が今度は笑って言う。笑って言うことか。
 大仁田は大げさにうなずき返す。
 「そうですよねえ。個人の自由だとかなんだとか、非常識にもほどがありますよ。どうしてまあ、旦那様の親族やお仲間ってあんなにおしゃべりなんでしょう」
 額にふり落ちてきた滴を疎ましそうに指で拭いながら、大仁田は鼻を鳴らす。「旦那さんもこれじゃ落ち着いて成仏もできませんよ。ひょっとしてこの辺にまだうろうろしながら、自分の悪口を聞かされて怒って怒鳴り散らしているんじゃないんですかね」
 つくづく霊感の強い女である。さすがの私もどきりとした。美咲も何か感じるところがあるのか、笑いもせずに顔を曇らせて大仁田を見つめる。大仁田も自分の言葉に戸惑いながら周囲を見渡す。それでも心配なのか慌てて言葉を付け足す。
 「でも奥様の最後の言葉は、愛情がこもってましたよ。ほんとに。私も聞いててびっくりしちゃいました。ええ。個人なんてどうでもいい、私たちは夫婦なんだ、なんて言い切ったのは、もし旦那様があの世で聞いていたらきっと喜ばれますですねえ」
 「そういうつもりで言ったんでもないのよ」
 「あれは奥様、どういうつもりだったんです?」
 何のことはない、大仁田も真意がわかってないのである。

(つづく)
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