た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
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無計画な死をめぐる冒険 67

2007年01月07日 | 連続物語
 言いながら大仁田に振り返ったのは、自嘲するような、泣き崩れそうな顔である。
 「そんなのってある」
 最後の疑問符は、傍らの家政婦にではなく、私に向かって放たれた。そう私は誤解した。もちろん誤解である。今の私が彼女に見えるわけがない。今の私を、私は彼女に是が非でも見せたいのだが。生前絶えてなかった夫婦の会話が、今こそできるような気がしてならないのだが。
 自分でも気づかないうちに、私は彼女の目の前に回っていた。
 この女は、私を殺していない。
 雲が割れ光差すような忽然とした確信が、彼女を間近に見る私に湧いてきた。私を殺したならば、こんな風に目に涙を浮かべ、そんなのってある、なんて顎を震わせながら言えたものではない。この女は、ただ混乱しているだけである。私を憎んでいたのは確かである。私がいなくなればいい、と思ったこともおそらく確かにあろう。しかし私が死んだことが予想外の衝撃であり、喪失感を味わっていることも同様に確かである。
 この女を弄んだ運命は、この女の意志の外にある。
 私がそう確信した瞬間に、彼女は私を直視した。
 私は心臓が止まるほど驚いた。もちろんこれは比喩表現であって、私はすでに心臓が止まっているのであるが。

(つづく)
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