た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

無計画な死をめぐる冒険145

2009年06月17日 | 連続物語
 「何をです」
 「何をって、そりゃまあ、ほれ。奥さんがこの地を離れたい理由とか」
 憤慨は大仁田の役である。「理由、理由って、ちょっと、一体どんな理由なんです」
 「そりゃ、もっともな理由です。そうでしょうが? だって祟りですよ祟り。祟りなんて家に取り憑いた日にゃ、シロアリだって逃げ出しますよ。ほほ、何の祟りかはともかくね」
 「何の祟りかって、だから松の祟りだって言ってるじゃないですかさっきから」と大仁田。
 突っかかる大仁田を手で制し、美咲は、大仁田よりも恐い吊り目の形相で不動産屋を睨んだ。枯葉を踏みしめる音。
 「で、いかがなんでしょう」
 「はい?」
 「この土地、おいくらで買っていただけるんですか」
 単刀直入、誠に現金な女である。この女は自分の用事を済ませたいだけである。用事とは土地の売却である。その他のことには毛ほどの感慨も抱かない。物事を片付けたい片付けたいとしか考えないせせこましい人種である。私との思い出も一刻も早く片付けたいのだ。そう急く人間は早死にするぞと言ってやりたいが、私の方が早死にしたから言い分が立たない。
 その美咲の一太刀にも、日焼け男はひるんだ様子を見せない。彼は不意に関心を失った人のように身を退いて、太い腕を組んだ。もちろん彼の頭の中では、金勘定の関心がとぐろを巻いている。
 遠くを行く大型車の音が風を震わせる。
 お勝手の脇の楓が葉を落とす。
 男は鼻を擦ってから黒松、つまり私に一瞥を投げかけた。それから思い出したように家屋の方を振り返った。最後に女二人細めた視線を戻した。
 「概算で、六千万。詳しく見積もって見なきゃわからんが、五千万は下らんでしょう」

(つづく)
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