た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

無計画な死をめぐる冒険 146

2009年06月17日 | 連続物語
 女二人は地蔵のように立ち呆けた。唖然とするのも至当である。確かに安い。最近の地価の高騰を考慮すれば──確か高騰しているはずだが──あと三、四本の指はつく。これでは、彼女たちの期待をも大きく下回った額であろう。
 ブローカーはひたいの皺を増やし、腕組みをしたまま詰め寄る。
 「いかがです」 
 「六千万から、五千万ですか」
 「まあそのくらいです」
 「お願いします」
 信じ難いことだが、美咲は深々と頭を下げた。私の葬儀のときに坊主に頭を下げた仕草とまったく同じである。私が工面に工面を重ねて購入した土地を何だと思っているのか。この女はどこまで情け知らずなのか。且つ相場知らずなのか。もっと安く買い叩かれることを想像していたのか。それとも、どんなに安くても構わないと思えるほど早くこの地を離れたがっているのか。
 大仁田も、女主人に合わせるべく慌てて頭を下げた。
 男の見開いた目に光が宿った。
 商談は成立した。

 日焼け男は至極上機嫌で帰っていった。それはそうであろう。帰り際、「賢明なご判断だ」と繰り返し美咲を褒めた。美咲の服装まで褒めた。全てが胡散臭い男である。門を出る前に私の黒松に一瞥を投げかけたが、祟りがあるのかしらないのかしら、まあ、たとえ祟られるとしても自分じゃなくて土建屋だろう、と割り切った風の表情であった。

(つづく)
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