彼と私は交差点を行き交う下界の人間どもの表情が見える位置まで降りてきた。
賑やかである。バスが車に警笛を鳴らし、車が歩道の通行人を走らせる。人は人の尻を追いかけながら足早に赤信号を渡り終える。
排気ガスが街角という街角に充満していることは、臭いでわからなくても目で見てわかる。雨ニモ負ケズ薄汚れている。これは文明社会を文明社会たらしめる催眠ガスではないか、とふと私は、団子鼻の話に動揺する心の片隅で思った。人間はこの灰色のバリアに包まれて暮らす中で、いつしか白銀の太陽と、青空と、澄んだ空気が肌に合わない体質に変容させられていったのではないか。
見えるか見ないか、そこが安心と恐怖の分かれ目である。地上からは、この催眠バリアと青空の境界は見えまい。ふん。私は空を舞えるとわかったときの優越感を少し取り戻した。
心の片隅の優越感はそれとして、心の中心は動揺の最中にある。
「そんなに、我々は、いろいろあるのか」
「この世界の住人がですか? ええ、程度の差ですな、あくまでも。おや雨が上がりそうですね。程度の差なんです。羽があるか無いか、てな具合に峻別できるものではなくてね。幽霊としての、何と言いますか、最近の言葉で言えば、エネルギーの差、とでも形容すれば、おわかりいただけますかな」
「まったくわからん。少なくともこいつら生きている人間には、我々は見えないのか」
私は通行人たちを指差した。尻を追いかけるのに必死の人間どもは一様に目線を下げて歩いていて、だれも空に浮かぶ私たちの方を見上げる者がいない。皆、空なぞ存在しないかのように歩いている。傘を差している者もいる。その数は少ない。雨は確かに上がりつつある。
垂れ目の団子鼻のぷー公は、これ見よがしに右耳を掻いた。
「大学教授でいらっしゃる割には、話を飛ばしますね」
(つづく)
賑やかである。バスが車に警笛を鳴らし、車が歩道の通行人を走らせる。人は人の尻を追いかけながら足早に赤信号を渡り終える。
排気ガスが街角という街角に充満していることは、臭いでわからなくても目で見てわかる。雨ニモ負ケズ薄汚れている。これは文明社会を文明社会たらしめる催眠ガスではないか、とふと私は、団子鼻の話に動揺する心の片隅で思った。人間はこの灰色のバリアに包まれて暮らす中で、いつしか白銀の太陽と、青空と、澄んだ空気が肌に合わない体質に変容させられていったのではないか。
見えるか見ないか、そこが安心と恐怖の分かれ目である。地上からは、この催眠バリアと青空の境界は見えまい。ふん。私は空を舞えるとわかったときの優越感を少し取り戻した。
心の片隅の優越感はそれとして、心の中心は動揺の最中にある。
「そんなに、我々は、いろいろあるのか」
「この世界の住人がですか? ええ、程度の差ですな、あくまでも。おや雨が上がりそうですね。程度の差なんです。羽があるか無いか、てな具合に峻別できるものではなくてね。幽霊としての、何と言いますか、最近の言葉で言えば、エネルギーの差、とでも形容すれば、おわかりいただけますかな」
「まったくわからん。少なくともこいつら生きている人間には、我々は見えないのか」
私は通行人たちを指差した。尻を追いかけるのに必死の人間どもは一様に目線を下げて歩いていて、だれも空に浮かぶ私たちの方を見上げる者がいない。皆、空なぞ存在しないかのように歩いている。傘を差している者もいる。その数は少ない。雨は確かに上がりつつある。
垂れ目の団子鼻のぷー公は、これ見よがしに右耳を掻いた。
「大学教授でいらっしゃる割には、話を飛ばしますね」
(つづく)
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