店に関して、もう一つ言い忘れていた。
BGM。
ジャズがかかっていたのだ。
一般的な洋食屋だと、そもそもBGMはないのではな
いか。
「Porte Bonheur」では、スピーカーが
「BOSE」の小さいやつで、CDがいくつかあって、
行った時にかけたのは「ビルエバンス」だった。
最近いやに「ビルエバンス」に遭遇するのだが、何か
のお導きか、ということはどうでも良く、BGMだ。
「ジャズ」をかける店というのは、一般的に「こだわ
りの店」という位置づけになっている。
というのは、そもそも「ジャズ」を好むこと自体が、
はっきりとした音楽的嗜好宣言みたいなもので、個性
を前面に出すという姿勢の表れという風に捉えられる。
音楽的にはちょっとうるさいぞ、ということと共に、
思索面でもちょっとね、というイメージだ。
で、ステレオタイプ的に「個性派」ということになる
わけだが、個性的というのがはっきりした嗜好、思考、
を表す事を指すのなら、それも強ち間違いではない。
やはり音楽的嗜好は、そういうものの表出でもあるか
ら。
店の場合、使う側はその店のセンス(味を含めて)を
雰囲気(インテリアやBGMを含めた空間全体の)で
測る。
それが100パーセント味に直結しているわけではな
いが、かなりの確立で関係する。
「フランス料理屋」「蕎麦屋」「すし屋」に関しては、
その確立はぐっと高くなる。
センスが悪いところは、味のセンスも無い、と言える。
これは、センスが良くて味が良いという確立より、セ
ンスが悪く味が良いという確立の方が圧倒的に少ない、
ということからも実証できる、かな?
実際は、主観の領域なので実証なんかできるはずも無
いのだが、要するにそう感じると言うことだ。
没個性の店の代表が「ファミリーレストラン」なのだ
が、これらの店に慣らされた人は、そもそも「個性的」
と言う意味すら判らなくなる可能性があるし、「個性
的」ということがマイナス要因にすらなるかもしれな
い。
平均的嗜好の店ばかりできる現状と、「個性的」と言
われるラーメン屋ばかりが隆盛の今の「食べ物や」状
況は、決して豊かな食文化の表れとは思えない。
と、随分BGMから遠いところに来てしまいました、
本日も。