ピカビア通信

アート、食べ物、音楽、映画、写真などについての雑記。

トルシエ

2007年12月20日 | サッカー


久しぶりの登場だと思ったら、「FC琉球」の総監督
になるとか。
一体、総監督とはどんな仕事をするのか、今ひとつ分
からないのだが、兎に角やるらしい。
「壮大なロマン」のようなことを言っていたが、問題
は資金の出所ではないだろうか。
このチームは、以前、「かりゆし」とかそんな名前で
ラモスが監督をやってその後解任されたりと、いろい
ろごたごたが絶えないチームだ。
日本の代表監督以降ぱっとしないトルシエだが、変な
話に飛びついて利用或いは騙されてるんじゃなかろう
か、とちょっと危惧される出来事だ。

一方、代表監督「岡ちゃん」は、W杯三位以内とこれま
た大きなアドバルーンを揚げた。
20年構想だったら解るが、次回にそれは流石に無理が
あると思う。
目標は大きくということだろうが、それにしても大き
く出たもんだ。
どうなるか楽しみではあるが、そう簡単には行くはず
もない。
いずれにしろ、岡ちゃんにとっての初戦で、マスコミの
対応は決まるだろうし、ああでもないこうでもないと
同じような議論がまた繰り返されるのは間違いない。

しかし最近は、この同じような議論が繰り返されるの
は、そのことが一つの娯楽なのではないかと思うよう
になった。
芸能スポーツにとっては、それが一つの重要な要素で
はないか。
ああでもないこうでもないと、広い階層の人間を巻き
込むためには、進歩とかは無縁の方が良いのだ。
改善されると、すっきりしすぎて議論の余地がなくな
る。
それはそのまま、それらの世界で暮らしていく人たち
の裾野を狭くすることに通じるのではないか。
行革が官僚の仕事を無くすのと同じだ。
いろんな人を巻き込み、同じようなことを繰り返すこ
とによって、その都度関心を向けさせ、その対象の価
値を高め(注目されると価値が増すので)、それに従
事する人たちの働く場を広げる。
その環境が維持されるためには、支えている人たち(
一般のファン)が辺に覚醒しないことが一番重要だ。
同じような議論が繰り返される状況というのは、謂わ
ば理想的な状態なのだ。



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