ピカビア通信

アート、食べ物、音楽、映画、写真などについての雑記。

丸谷才一 ユリシーズ

2012年10月14日 | 芸術


丸谷才一が死去した。と言っても、特別思い入れがあるわけでもなく、読んだ本も笹まくらくらいなものなのだが、翻訳本に関してはちょっと引っかかる思い出がある。ジョイスユリシーズだ(以前も書いた記憶がある)。丸谷才一訳のユリシーズ、確かに第一巻(全四巻)は読んだのだが、二巻の途中ですっかり放棄してしまったのだ。ダブリンでのある一日を四巻で描くという、どう見ても普通の小説ではないのだが(そこがジョイスの魅力でもあるが)、どうにも二巻の途中から進まなくなり、義務感だけで文字を追っていたがとうとう諦めたという経緯があるのだ。登場人物の一人スティーヴン.ディーダラスという名前だけは何故か覚えてしまったが、小説の世界を体験するというレベルには至らなかった。要するに、挫折した小説がユリシーズだったのだ。ジョイス関してはフィネガンズ.ウェイクも同じく挫折した。

結局、丸谷才一ではなくジョイスの話となってしまったが、ユリシーズは20世紀を代表する小説として、今でも失われたときを求めて(これは読破)と同じく燦然と輝いているのである(と読んでもないのにまとめてみました)。

コメント

朝の連ドラ 続き

2012年10月13日 | Weblog

 

昨日の記事(連続テレビ小説)に対する検索はかなり多かったが、世の中この番組に関心ある人は多いということなのか。確かに、視聴率10パーセント代でも日本全国でみればその数は相当だから、ここにもその影響が現れるのはおかしくない。明らかに、普段の状態からすると特異な現象だったから。多分、他のドラマのタイトルで書いても同じようなことが起こるのであろう。よく、アクセス数を上げる為の方法として、テレビなどの話題作を取り上げる、というのがあるが、それが有効であることは間違いない。

というわけで、ついでに他の人のこの番組に対する評価をみてみたのだが、こういうものの常で、面白いと評価してる人もいたり、朝からこんなドタバタを見たくないという人もいれば、NHKに抗議したという人もいて、当たり前のことだが人それぞれだった。NHKとしては実際の抗議の数で判断するのだろうか。唯ひとつだけ気になったのは、評価している人の次のような文章。人間の表と裏が浮き彫りに、遊川ドラマの真骨頂!NHK朝ドラ「純と愛」(遊川というのは家政婦のミタと同じ脚本家)。そもそも朝の連ドラに、人間の表と裏を描いてほしいなどと期待する人がいるのかね、と素朴な疑問を感じてしまう。

適度な本当ぽっさと、基本的には調子よく展開する(定型で十分)、というのがこの番組(この時間帯の)に期待することなのではと思うのだが、そうでもない人もいるということですなあ。

 

コメント

NHK朝の連続テレビ小説

2012年10月12日 | Weblog

 

唯一見ているテレビドラマは、NHK朝の連続テレビ小説であることは過去にも書いたことがあるが、これは、このドラマが特別質が高いから見るとかそういう訳ではなく、時計代わりに習慣化されているからというのが主な理由である。だから、過去、視聴率が低いとかいろいろ批判されていたようなドラマも、特別な感想もなく普通に見ていた。ここのドラマに期待するのは、そこそこのリアリティ(本当っぽさ)、基本前向き、深刻さが長引かない、そして出来ればヒロイン(基本的には主人公は女性)が可愛い、とそんなところである。過去のドラマは大体このポイントを押さえていた。唯、例外もあり(個人の基準での話)、天花というのと本仮屋ユイカが主演のものは途中から見る気がなくなった。天花は、主演の新人の女の子があまりに下手すぎたのと、内容は、と書きたいところだがそこは忘れてしまった。そして本仮屋ユイカの主演のものは、あまりに内容が暗すぎ、とても朝から見る気が起きなかった。この二本が過去10年のマイワーストである(調べてみると平成14年から見ている)。因みにベストというのは存在しない。

で、問題は今回の純と愛である。久しぶりに見る気がしないドラマの予感がするのである。ポイントである、本当っぽさが大分怪しい。登場人物のキャラクターが、かなり単純化され、まるで漫画のキャラクターである。民放でよくやる、一番下らなく幼稚と感じるドラマの作りと同じなのだ。しかも、超能力まで登場と、益々民放の深夜ドラマと変わりなくなってきている。純粋な心を持った主人公が夢に向かって突っ走る、というのがこのドラマの骨子だと思うが、その主人公が唯の馬鹿な娘にしか見えない。舞台が一流ホテルっぽいところにも関わらず、漫画のカット割のような、仕事中にしゃがんで独白とか、あまりに嘘っぽい部分が多いのだ。ここまで来ると、一体NHKは何を考えているのかと文句の一つや二つも言いたくなる。本日の回では、問題の多い上客である製薬会社の部長だかを(このやり取りがまた相当嘘くさい)懲戒免職にしたという件があったが、懲戒免職は公務員に対して使う用語なのでは、とすっかりクレーマーの気分だった。

はっきり言って、テレビドラマに、小津安二郎や成瀬巳喜男の世界を期待しているわけではない。唯、最低限のポイントだけはクリアーしてほしいと思うのだ。時計代わりとは言え毎日見る人間からすると、見る気が起きないという事態は避けたいのだ。

コメント (5)

カードリーダー

2012年10月11日 | Weblog

 

今までは、カメラの画像データをパソコンに移動するときはカメラから直接USB接続で取り込んでいた。これが結構時間がかかり、しかも端子の接続が心もとなく、たまに外れてしまうことがあった。世の中には、カードリーダーなるものがあるということを知ったのはカメラを入手して暫くしてのことだったが、当時はお値段もそれなりにして、まあ今のままでも出来るわけだからとずっと買っていなかった。ところが最近、そのお値段がいやに安いことを知った。500円ちょっとである。しかも送料無料。メーカーもバッファロー。一体どうなってるんだ。この際そのからくりはどうでもいいので、速注文した。

来たものは6センチ四方というコンパクトなもの。随分小さくなったものだ。これで無料かと送料に関しては納得。使い方もUSB接続するだけ。昔は必ずドライバーをインストールしてなどと取りあえず説明書を見ないといけなかったが、今は殆んど説明書無しでいける。便利になったものである。XDピクチャーカードなどというオリンパスのマイナーカードも使えるし、自分にとってはありがたい機器である。使ってみると、確かに今までより早いし使い勝手も良い。それにしても安いが、これもデフレの一現象なのだろうか。

コメント

ノーベル賞

2012年10月09日 | Weblog

 

山中教授のノーベル賞受賞は、この三年ずっと取る取るといわれ続け肩透かしを食ってた末のことなので、本当、目出度いし、本人もほっとしているのではと推測される。芥川賞などでも見られるが、候補の周りにはその瞬間を狙うマスコミがへばりついているので、逃した場合のがっかり度が増す。本人は思ってた以上の心理的影響を受けると思う。騒ぎたければ受賞してから騒げばいいのに、と、あの風景を見るたびに思っていた。あと、オリンピックのメダリストと同じようにテレビで引っ張りだこになる光景も、ちょっと何とかならないかと思う。山中教授の場合は、ドキュメンタリーなどでも何度もテレビで取り上げられているから手のひらを返したような態度ではないが、マスコミが騒げば、その分自分の研究にかける時間が少なくなる。本人がそういうのも好きならば良いが、そうでなければマスコミは程々にするべきだ。山中教授を見てると、全てに誠実に対応しての結果に思えるので、マスコミなど適当に相手すればいいのにと思ってしまうのだ。

コメント

CDの話

2012年10月08日 | Weblog

 

T君から借りたローラ.ニーロを早速聴いてみたが、残念ながらあまり好みではなかった。それより、そのCDには、本で言う所の腰巻(CDでは何て言うのか)が付いていて、しかもビニールに入っていて、思わず新品?とT君に聞いてしまった。実際は違っていて、じゃあ、この腰巻は捨てていいの?と更に聞くと、ビニールはいいですが腰巻の方は(T君は腰巻とは言わず何とかと言っていたが忘れてしまった)捨てないで下さいと言った。こういうのを取って置く人もいるんだとその時は思ったが、後で考えたら、売る時のことを考えていてのことかも知れないと思った。そう言えば、よくCDを中古屋で売ったり買ったりしていたわ。自分の所蔵品にしないと思うものは、腰巻もそのままにしておくのだろう、多分。

このところ我がCDは、ビートルズマニアのS氏のおかげで一気に潤沢となった。ビートルズ以外のジャズも結構持っていて、アート.ペッパー、ビル.エヴァンス、ソニー.クラーク、ソニー.ロリンズ、スタン.ゲッツと有名どころのものをそれぞれ二三枚ゲッツ!した。本家のビートルズでは、CDで持ってないサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドをリクエストしたら直ぐに持ってきてくれた。ありがたやありがたや。

 

コメント

渋いトンボ

2012年10月07日 | 生き物 自然

 

庭に来るトンボもめっきり減って、一泊用に使う梅ノ木にアカネ類が止まってる姿を見ることも稀になってきた。そんな中久しぶりに見たトンボが写真のホソミオツネントンボ。同じようなのにオツネントンボというのがいるが、このようにストライプになるのはホソミのようなのでホソミオツネントンボと同定。オツネントンボもそうだが、このトンボはこの成虫のまま冬を越す。家の軒下などに隠れて、ひっそりと厳しい冬を越すのである。だから越年と書いてオツネンということらしいのだが、そういう事実を知ると、こんな小さな(3~4センチ)しかも細いイトトンボのどこにそんな生命力があるのか、と、思わず感心する。だから、地味な色合い(結構渋くて良いのだが)で、誰にも注目されそうにないホソミオツネントンボでも、改めて愛おしくなってしまうのであーる。

コメント

10月のてふ

2012年10月06日 | 生き物 自然

 

10月ともなると、一気に生き物の種類は減ってくる。蝶の場合もその例に漏れず見られるものは限られてくる。そんな限られる蝶で、今でも河原で見られるのがクロツバメシジミとミヤマシジミ。どちらも秋に合わせたような地味な色合いだが、実は、春先から何度か発生を繰り返し最終的に10月まで見られるという蝶で、春でも夏でも秋でもずっと同じ色合いなのだ。但し、ミヤマシジミの場合オスはブルーで、多くいるブルー系のシジミ蝶の中ではきれいな方である。いずれにしろこの時期に見られる蝶の中では希少性が高く、特にクロツバメシジミは生息域は局所的で環境省の準絶滅危惧種でもある。そんな蝶が普通に見られる環境はなかなか貴重なのだが、残念ながら、多くの人はそんなことには無関心なのである。

ミヤマシジミ♀

クロツバメシジミ♂or♀

 

コメント

美術のいろいろ

2012年10月05日 | 芸術

 

嘗て中学の美術の試験(期末試験などのどれか)で、〇×問題が20問ほど出たとことがあった。何だか×っぽいのが多いと感じたのだが、なかなか確信には至らなかった。が、ふと出題者の性格を考えてみた。つまり美術担任の教師の性格をだ。一般的に言って、美術の教師はやはりひねくれた性格(というか屈した)の持ち主が多い、と思う。その時の教師もご他聞に漏れずだ。ここは相手の如何にもしそうなことを想像しなくては、と思い切って全て×にしたら、結果は見事正解だった。残念ながら、他の問題はできていなかったので、総合点は大したことなかったが、教師の裏をかいた快感は味わった。と、こちらも相当ひねくれた可愛げのない生徒であったわけだが、今でも、美術の試験っていらないんじゃないかと時々思うことはある。

そう言えば大学の時、一般教養で西洋美術史を取ったことがあり、その時は興味があると思ったのだが、内容は古典的なものが中心で、歴史的な背景、表現スタイルなどという地味な内容で(美術史だから当たり前なのだが)すっかり興味を失った覚えがある。メソポタミアの彫刻にはなかなか興味は持てなかったのだ。授業で唯一はっきり覚えているのは、後半で、ブランクーシの(当時は知らなかった)有名な彫刻が題材で、これは何を表現してるのかと質問され、秋刀魚かな(あまりに貧困でトホホ)と答えたことだった。今なら、いくらでも適当に答えられるが、当時はこの程度だったのだ。

と、芸術の秋などという字を目にしたら、昔のこんなことを思い出してしまった。

 

コメント

貰い物シェーブル

2012年10月04日 | 食べ物

 

T君に、ワイン会で使ったあまりのチーズを貰った。バノンという栗の葉で包んだシェーブル(山羊チーズ)やカルヴァドスで洗ったカマンベール、トムドサヴォアなどであった。その中ではバノンが超度良い熟成具合で(店だと多分賞味期限切れ)美味かった、という記憶も新たなところに、今度は同じシェーブルのサントモールを違う筋より貰うという機会が訪れた。中心に藁が通ってるサントモールは、新しい状態だと、粉っぽくこくもなくはっきり言って美味しいとは思えない。店で売ってるのも大体そんなのが多く、あまり熟成したものを見たことがなかったが、今回のものは周りの皮はグレー、見るからに熟成しているといった感じで、切り口を見ると周囲が蝋質で真ん中に白い部分を残しているという非常に美味そうな状態だった。本当の食べごろではないだろうか。実際食べてみると、この藁タイプでは初めて美味いと思うサントモールであった。貰い物シェーブルが続いたが、どちらもヒットで良い思いをさせてもらった。

コメント

ダルカレー

2012年10月02日 | 食べ物

 

最近コーヒー豆を買っている店の名前が、歌手のローラ.ニーロ(この人知らなかった)から取っていると言うのを聞き、早速そのローラ.ニーロについてT君に聞いてみると、流石はT君、アルバムを一枚持っているという。ということでそれを借りることにした。私的には、ローラと言っても西條秀樹ぐらいしか思い浮かばなかった。

以前入手したヒヨコマメがここにきてなかなか減らないので(単純に使ってないので)、ダルカレーで消費することした。ほうれん草のカレーのために新たに仕入れた香辛料があることもそれを後押し。インドカレーは基本的なところは殆んど同じで、材料さえ変えれば色んなカレーが出来る、ようだ。素材に応じ使う香辛料は微妙に変化するというのはあるが、それらがなければ全く同じ香辛料でもそれなりのカレーにはなることもほぼ分かってきた。今回で言えば、ヒヨコマメを煮るときにターメリックを入れるというのがちょっとしたポイントかもしれない。しかも別に煮とくというのがそれらしきポイントというか下準備である。

で、いつものような手順でクミンシード、ニンニク、ショウガ、タマネギなどを炒め香辛料を目分量で入れ、別に煮たひよこ前をあわせ完成。ヒヨコマメの煮る時間が一時間ほどあったが、それを抜けば10分ほどの調理時間である。早くできるというのもインドカレーの特色である。考えてみれば、現地系カレー屋で出てくる時間も大体そんなものであった。違いは、ギーを使うか、香辛料の種類が多くなるかというところであろう。食べてみると、現地系カレー屋で出てくるダルカレーとそう大きく違わなかった。つまり十分美味いのである。クミンシードは基本だが、クミンパウダーも使った方がより美味くなりそうだというのが今回の反省点であった。自分で作れちゃうと、もう現地系カレー屋は用がなくなってしまう。

 

 

コメント

スポーツ余話

2012年10月01日 | Weblog

 

トッテナム戦での香川のゴールは、香川らしい落ち着いたきれいなゴールだった。唯、試合には負けているので敢えて騒ぐものではない。全体でも特に良かったわけではないし。もしルーニー、ファンペルシー、香川で鉄のトライアングルでも完成したら、それは凄い事だが。

国内ゴルフは、相変わらず日本人選手以外が活躍しているように見える(見たくないのだが、ニュースで流れるので聞こえてくる)。昨日は韓国人選手や、中国人選手が優勝(何の大会かしらないが)したようだ。こんな情勢でも、優勝すれば拍手する日本人のことをそれらの選手が母国で伝えていけば、ゴルフも少しは役に立つ。しかし、逆にえげつない野次を飛ばす人間もいそうな感じがするのもゴルフ界である。野球とゴルフは人種がダブルのだが、これは立派な偏見というものだろうか。

日馬富士がガムをくちゃくちゃして、横綱の品格がどうのと早速話題になったが、こういうのを聞くと歴代の横綱で本当に品格があったのはどれほどいたのかと考えてしまう。スポーツ選手もそうだが、一流になると(スポーツで)、人格まで立派になった如く扱うこと自体が間違いなのだ。そう見える多くは、上手く演じられているだけで、実際中身がそうであるとはとても思えない。これも一種の幻想だ。立場が中身を作るという考え方はあるが、直ぐその気になる人間は単純なだけだし、実際、そう振舞う連中或いは振舞いたがる連中は胡散臭いのが多いのだ。

 

コメント