遺伝子で診断する, 中村祐輔, PHP新書 009, 1996年
・遺伝子関連の研究に関わる者ならば、必ず一度はどこかでその名を目にしているであろう遺伝子研究の権威による著作。臨床医としての経験談も交えつつ、『遺伝子診断』を平易な言葉で解説する。しかし言葉は平易でも扱っている内容はかなり高度だったりするのですが。そして、研究現場の声がじかに伝わってくるようで迫力があります。科学ライターなどの非専門家の文章では出せない臨場感があります。その分野に関する知識を系統立てて並べただけの通常の入門書とは少し毛色の違う本です。
・論文記録に出てくる『DNAマイクロアレイ』が丁度開発されたころに出た本なので、その登場前夜の内容です。この直後にマイクロアレイが一躍脚光を浴び、研究が一段と進むことに。
・「苦痛を訴えても決して取り乱すことな比較的冷静であった彼女が、ある日突然、こんな力が残っていたのかと思うような力で私の手を握り、「このお腹の中の塊をなんとか取り除いて、楽にしてください」と泣き叫んだときには、答えが見つからず、もらい泣きしそうで、手を振り切って逃げ出してしまいました。 私が、もうすこし医師として人間ができていれば、たとえ助けられない患者さんであっても、精神的な苦しみを少しでも軽減できたのではないかと、そして、もしもっと早期に見つけることができたならば、いまごろ幸せな結婚生活を送れていたのではと、思い出すたびに心が痛む患者さんです。」p.4
・「このような悲惨な死の場面をなくすことはできないものでしょうか。いま、若くしてがんができてしまう遺伝子の存在が明らかになりつつあります。毎年、二十五万人の人ががんのために亡くなっていますが、そのうち5~10%の二万人前後の人は、遺伝的ながんであると推測されています。実は、がんができてしまう遺伝子がわかれば、がんになる危険性をあらかじめ調べて、早期発見・早期治療ができるのです。がんが手遅れになって愛妻や小さい子供を残して先立つような不幸を防ぐことができるのです。」p.7
・「これらの病気に対する危険度――かかりやすさ・かかりにくさ――を決めているのが「遺伝子」と呼ばれるものです。「遺伝子」に傷があるかどうかによってここの人の病気の危険度が決まるため、その傷の有無を調べることができれば、危険度を判断することもできるのです。」p.17
・「適当な日本語訳はありませんが、「ゲノム」をもっともわかりやすい言葉に置き換えると、「卵や精子に含まれる生命の設計図」となるでしょう。」p.22
・「突然の事故を除き、ほとんどすべての病気は遺伝的要因と後天的な要因の複合的な組み合わせによって生ずる。」p.38
・「遺伝的地図から病気の遺伝子をさがしだしていくこと(ポジショナルクローニング)は、地球上から1人の犯人を見つけだすことに匹敵するくらい大変な研究である。」p.41
・「アメリカのノーベル賞学者の、「日本はゲノム研究から得られたデータをただ乗りで使うのではなく、国力に見合っただけの貢献をすべきだ」との発言を受けて、ゲノム研究がそれなりにスタートしましたが、結局本質的な意義に対する議論が行われないまま、研究費をとるための方便のようにゲノムという言葉が使われるようになり、わが国のゲノム研究は大きく欧米に遅れをとることになってしまいました。」p.44
・「つまり、VNTRやマイクロサテライトは、RFLPと比べて少ないサンプル数からより多くの情報を得ることができるという利点をもっていることになります。」p.106
・「genetic な変化は前述したようながん遺伝子やがん抑制遺伝子の変化であって、細胞内に生じたこれらの変化を元に戻すことはおそらくできない(非可逆的)と思われます。しかし、epigenetic な変化による遺伝子の発現量の変化は何らかの遺伝子異常や細胞・個体の環境の変化に伴う二次的な発現量の変化であると考えられ、これらの変化は元に戻しうる(可逆的)と考えられます。」p.109
・「つまり、 (1)がんができる前に調べる (2)がんが体のどこかに存在するかどうかを調べる (3)できてしまったがんの性質を調べる という、それぞれまったく異質な遺伝子診断なのです。」p.140
・「たとえば、 ごぼう・りんご・たまご・とまと・みかん・すいか・いちご のことばから、傍点の五文字が抜け落ちると、 ごぼう・りんま・とみか・んすい・かいち・ご と訳がわからなくなってしまうように、本来の遺伝暗号の意味が失われてしまい、ポリープの発生を抑えることができなくなるのです。」p.141
・「現在のところ、血縁関係のない二人の遺伝暗号を比較すると500~1000個の遺伝暗号に一ヶ所ずつは違っている箇所があると推測されています。したがって、30億の遺伝暗号のうち、300万~600万ヶ所もの差があることになります。 これは、人のゲノムの遺伝暗号を読み取って比較すれば確実に個体識別をすることが可能であることを意味します。」p.164
・「わが国では、どこかにあいまいさ、あるいは、納得できない点があると、情緒的にトータルですべてを否定してしまうような傾向があって、物事の問題点を科学的に冷静に判断することに欠けるような気がします。」p.170
・「それぞれの病気によって発症年齢・症状の重篤度、あるいは、治療可能であるかどうかなどまったく異なる状況であるにもかかわらず、遺伝子診断という言葉によってすべてを同一レベルで議論するということが大きな間違いであることは少し考えてみればわかることではないでしょうか。」p.188
・「私自身は予防につながる病気や、治療法のある病気に対しては遺伝子診断を積極的に進めるべきだと考えています。」p.189
・「物事を批判することができること(たとえ、他人の意見の受けうりであっても)、イコール、自分はその物事を理解していることであると錯覚して、「われこそ正義の味方である」かのようにふるまう人のいかに多いことか。ペンの暴力について書き出すときりがないのでここでとどめますが、がん患者の苦しみを知らない人が、無責任にしたり顔でこのような意見を述べるのを耳にするたびに私の血圧は上昇します。」p.194
・「健康な方が他人ごととして遺伝子診断を考えるのではなく、他人の不幸を自分に置き換えた場合を想定して、不幸を避けるために何ができ、何をすべきかという考えで話し合いの場をもつことはできないものなのでしょうか。」p.195
・「私個人としては、このような、現時点ではまったく治療法のない病気に対して発症前に診断をしてその結果を患者に知らせることには反対です。」p.205
・「この役人の言いたいことは、自分が責任者である間に、自分の関係する範囲内でやっかいな問題が派生するような研究などしてほしくないということなのでしょう。 医学部出身であるにもかかわらず、原因を追求することが治療法を探ることの王道であることさえわからず、臭いものに蓋をすることで自分に火の粉の降りかかることだけは避けたいと考えている人が疾患対策に影響力を持っているような立場にいる状況ですから、わが国の行政が遺伝子診断の意義を理解することや、国内で研究が進まず遺伝子診断に関して将来派生する様々な問題に対策を練ることを期待するなど所詮無理かもしれません。」p.216
・「遺伝子診断の現実性はかなり高まってきているのですが、遺伝子診断の話をするとすぐに遺伝子治療と結びつけられたり、遺伝子診断と遺伝子治療が同義語のように捉えられがちです。しかし、遺伝子治療はこれまで述べてきたこととはまったく質の異なる話なのです。」p.217
・「私は、尊厳死の問題を含め、いまの医療に欠けつつあり、そして真剣に考えないといけないもっとも大切なことは、医師と患者、医師と家族の「信頼」ではないかと思います。」p.226
・遺伝子関連の研究に関わる者ならば、必ず一度はどこかでその名を目にしているであろう遺伝子研究の権威による著作。臨床医としての経験談も交えつつ、『遺伝子診断』を平易な言葉で解説する。しかし言葉は平易でも扱っている内容はかなり高度だったりするのですが。そして、研究現場の声がじかに伝わってくるようで迫力があります。科学ライターなどの非専門家の文章では出せない臨場感があります。その分野に関する知識を系統立てて並べただけの通常の入門書とは少し毛色の違う本です。
・論文記録に出てくる『DNAマイクロアレイ』が丁度開発されたころに出た本なので、その登場前夜の内容です。この直後にマイクロアレイが一躍脚光を浴び、研究が一段と進むことに。
・「苦痛を訴えても決して取り乱すことな比較的冷静であった彼女が、ある日突然、こんな力が残っていたのかと思うような力で私の手を握り、「このお腹の中の塊をなんとか取り除いて、楽にしてください」と泣き叫んだときには、答えが見つからず、もらい泣きしそうで、手を振り切って逃げ出してしまいました。 私が、もうすこし医師として人間ができていれば、たとえ助けられない患者さんであっても、精神的な苦しみを少しでも軽減できたのではないかと、そして、もしもっと早期に見つけることができたならば、いまごろ幸せな結婚生活を送れていたのではと、思い出すたびに心が痛む患者さんです。」p.4
・「このような悲惨な死の場面をなくすことはできないものでしょうか。いま、若くしてがんができてしまう遺伝子の存在が明らかになりつつあります。毎年、二十五万人の人ががんのために亡くなっていますが、そのうち5~10%の二万人前後の人は、遺伝的ながんであると推測されています。実は、がんができてしまう遺伝子がわかれば、がんになる危険性をあらかじめ調べて、早期発見・早期治療ができるのです。がんが手遅れになって愛妻や小さい子供を残して先立つような不幸を防ぐことができるのです。」p.7
・「これらの病気に対する危険度――かかりやすさ・かかりにくさ――を決めているのが「遺伝子」と呼ばれるものです。「遺伝子」に傷があるかどうかによってここの人の病気の危険度が決まるため、その傷の有無を調べることができれば、危険度を判断することもできるのです。」p.17
・「適当な日本語訳はありませんが、「ゲノム」をもっともわかりやすい言葉に置き換えると、「卵や精子に含まれる生命の設計図」となるでしょう。」p.22
・「突然の事故を除き、ほとんどすべての病気は遺伝的要因と後天的な要因の複合的な組み合わせによって生ずる。」p.38
・「遺伝的地図から病気の遺伝子をさがしだしていくこと(ポジショナルクローニング)は、地球上から1人の犯人を見つけだすことに匹敵するくらい大変な研究である。」p.41
・「アメリカのノーベル賞学者の、「日本はゲノム研究から得られたデータをただ乗りで使うのではなく、国力に見合っただけの貢献をすべきだ」との発言を受けて、ゲノム研究がそれなりにスタートしましたが、結局本質的な意義に対する議論が行われないまま、研究費をとるための方便のようにゲノムという言葉が使われるようになり、わが国のゲノム研究は大きく欧米に遅れをとることになってしまいました。」p.44
・「つまり、VNTRやマイクロサテライトは、RFLPと比べて少ないサンプル数からより多くの情報を得ることができるという利点をもっていることになります。」p.106
・「genetic な変化は前述したようながん遺伝子やがん抑制遺伝子の変化であって、細胞内に生じたこれらの変化を元に戻すことはおそらくできない(非可逆的)と思われます。しかし、epigenetic な変化による遺伝子の発現量の変化は何らかの遺伝子異常や細胞・個体の環境の変化に伴う二次的な発現量の変化であると考えられ、これらの変化は元に戻しうる(可逆的)と考えられます。」p.109
・「つまり、 (1)がんができる前に調べる (2)がんが体のどこかに存在するかどうかを調べる (3)できてしまったがんの性質を調べる という、それぞれまったく異質な遺伝子診断なのです。」p.140
・「たとえば、 ごぼう・りんご・たまご・とまと・みかん・すいか・いちご のことばから、傍点の五文字が抜け落ちると、 ごぼう・りんま・とみか・んすい・かいち・ご と訳がわからなくなってしまうように、本来の遺伝暗号の意味が失われてしまい、ポリープの発生を抑えることができなくなるのです。」p.141
・「現在のところ、血縁関係のない二人の遺伝暗号を比較すると500~1000個の遺伝暗号に一ヶ所ずつは違っている箇所があると推測されています。したがって、30億の遺伝暗号のうち、300万~600万ヶ所もの差があることになります。 これは、人のゲノムの遺伝暗号を読み取って比較すれば確実に個体識別をすることが可能であることを意味します。」p.164
・「わが国では、どこかにあいまいさ、あるいは、納得できない点があると、情緒的にトータルですべてを否定してしまうような傾向があって、物事の問題点を科学的に冷静に判断することに欠けるような気がします。」p.170
・「それぞれの病気によって発症年齢・症状の重篤度、あるいは、治療可能であるかどうかなどまったく異なる状況であるにもかかわらず、遺伝子診断という言葉によってすべてを同一レベルで議論するということが大きな間違いであることは少し考えてみればわかることではないでしょうか。」p.188
・「私自身は予防につながる病気や、治療法のある病気に対しては遺伝子診断を積極的に進めるべきだと考えています。」p.189
・「物事を批判することができること(たとえ、他人の意見の受けうりであっても)、イコール、自分はその物事を理解していることであると錯覚して、「われこそ正義の味方である」かのようにふるまう人のいかに多いことか。ペンの暴力について書き出すときりがないのでここでとどめますが、がん患者の苦しみを知らない人が、無責任にしたり顔でこのような意見を述べるのを耳にするたびに私の血圧は上昇します。」p.194
・「健康な方が他人ごととして遺伝子診断を考えるのではなく、他人の不幸を自分に置き換えた場合を想定して、不幸を避けるために何ができ、何をすべきかという考えで話し合いの場をもつことはできないものなのでしょうか。」p.195
・「私個人としては、このような、現時点ではまったく治療法のない病気に対して発症前に診断をしてその結果を患者に知らせることには反対です。」p.205
・「この役人の言いたいことは、自分が責任者である間に、自分の関係する範囲内でやっかいな問題が派生するような研究などしてほしくないということなのでしょう。 医学部出身であるにもかかわらず、原因を追求することが治療法を探ることの王道であることさえわからず、臭いものに蓋をすることで自分に火の粉の降りかかることだけは避けたいと考えている人が疾患対策に影響力を持っているような立場にいる状況ですから、わが国の行政が遺伝子診断の意義を理解することや、国内で研究が進まず遺伝子診断に関して将来派生する様々な問題に対策を練ることを期待するなど所詮無理かもしれません。」p.216
・「遺伝子診断の現実性はかなり高まってきているのですが、遺伝子診断の話をするとすぐに遺伝子治療と結びつけられたり、遺伝子診断と遺伝子治療が同義語のように捉えられがちです。しかし、遺伝子治療はこれまで述べてきたこととはまったく質の異なる話なのです。」p.217
・「私は、尊厳死の問題を含め、いまの医療に欠けつつあり、そして真剣に考えないといけないもっとも大切なことは、医師と患者、医師と家族の「信頼」ではないかと思います。」p.226