都会の猫と田舎の猫
いつだったか、吉祥寺に近い『むらさき橋通り』の信号が青になるのを待って、猫が悠然と道路を渡っていくのを見たことがある。
敏捷に走り抜けたわけでなく、人間が歩くような速度で通り過ぎて行く。
こちらは赤信号で止まっているクルマの中だから、シャムの雑種と思われる黒猫が明らかに信号機のシステムを理解し信頼しているとしか思えなかった。
昔は、クルマに轢かれた猫の屍骸がよく道路に張り付いていたものだ。
行き交うクルマの合間を縫って走りぬけようとして、あえなく災難にあったものだろう。
運転者はゴミのような物体を巧みに避けて、踏まなかったことでほっと胸を撫で下ろした。
都会で猫の交通事故に出会わなくなって久しい。
信号が変わるのを待って渡り始めた猫を見送りながら、動物の学習能力にひとり感心したのである。
いや、気付いた人が他にもいた。若いサラリーマンが、百円ライターでタバコに火をつけながら上目遣いに眺めていた。
無事に渡り終えた黒猫が向かいの植え込みに消えるのを、苦笑を浮かべながら見届けていた。
数日後、長野県内の国道18号をドライブしていて、早速クルマに撥ねられた猫の屍骸に遭遇した。
この道路は幅も広く、交通量も激しいから、猫にとって横断するのは難しかったに違いない。
決定的なのは、事故現場に信号機がなかったことだ。
信号機さえあれば、きっと学習して、手は挙げないまでもそそくさと渡りきったことだろう。
ニ百メールほど離れた場所に信号機があったが、そこまで迂回する気持ちになれないのは、猫も人間も同じだ。
動物まで人間のシステムを強いられ、人間と同じように陥穽に嵌っていくのが可哀そうだった。
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『吉村くんの出来事』をお読みいただき、ありがとうございました。
連載中コメントを頂戴したこと、感謝しております。
しばらく短編を書こうとおもっています。今後ともよろしくお願いいたします。
青信号を悠然と渡るシャムネコの雑種くん。いいねえ。絵になるね。
そのうちデパートのエレベーターのドアが開くのを待って、屋上散歩を楽しんだりして・・・
本当にそんな猫どこかにいるかも。
人間が作った環境も、後から生まれてきたものにとっては最初からそこにあった「ひとつの自然」と言えるのかもしれませんね。
楽しい文章でした。知恵熱おやじ
次は何が出てくるか? ユニークな視点からの「どうぶつ」群を描かれること、待ってますよ。