どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

どうぶつ・ティータイム(48)

2008-05-10 03:18:38 | エッセイ
     西洋式大道芸と『日本の旅芸人』

 こどもの日に有楽町に出た。久しぶりに映画を観た帰りがけに、駅頭で人形を操る外国人の大道芸人に行き合わせた。

 チェコ人かルーマニア人か、よくは分からないがヨーロッパの人ではないかと見当をつけながら、足を止めた観客と共に遠巻きにした。

 黒づくめの人形遣いは、最前列の子供に向かって微笑を浮かべながら、もっと近づくように手招きした。
 そうしないと、さらに外側の客は彼のパフォーマンスの域外に出てしまうからだ。

 そこまではいいが、CDをセットし演奏にあわせて人形を操作する手つきがどうも素人っぽい。
 よく見ると、楽士に見立てた人形のつくりも安っぽく感じられる。

 まあ本格的なマリオネット劇場で見ているわけじゃないから目くじら立てるまでもないが、少しは凄いと思わせるものが欲しいものである。

 そこへいくと、たまたま電車の行きかえりに読んでいた『旅芸人のいた風景』<遍歴・流浪・渡世>(沖浦和光著)に登場する日本の旅芸人は、根性の入り具合が違っていたようだ。

 現在の日本の大道芸は、出し物、衣装とも西洋風なものが主流で、年季を重ねたわが国古来の芸はとうに絶滅して見るすべはないようだ。

 大道芸の収集家で知られる俳優の小沢昭一さんも、沖浦さんと同様にガマの膏売りやバナナの叩き売りなどを実見した最後の世代なのかもしれない。

 ところで、ぼくが先刻観た映画の題名を告白すると、芝咲コウ主演の『少林少女』である。
 もともと子供向け映画で、他人様にこれなんだよとはなかなか言いにくいが、彼女の<目ヂカラ>が見たくて遥々出かけて行ったというわけ。

 撮影中に相手役に蹴られて血が出る怪我をしたなぞというエピソードもあったようだが、しっかりパフォーマンスを全うしたのは流石さすが。

 役者が権力からの抑圧や蔑みに抗して生み出してきたエネルギーが、この女優に連綿と受け継がれているように思うのは贔屓目にすぎるだろうか。
 
 なんとも怪しげな同調性に惑わされた一日だった。

 

 
 

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1 コメント

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うらさびしい大道芸人 (くりたえいじ)
2008-05-12 16:23:20
この大道芸人、写真で見るかぎりは、なんともうらさびしい。だって有楽町という桧舞台?に陣取りながらも、行き交う人々は足を止めないばかりか、無視しているようで……。筆者が疑問を呈するように素人芸人だったり。なかなか得難いショットですね。
〈目ぢから〉にも試練が付き物だと思いましたよ。 
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