泳ぐ泳ぐ!
湯ノ平温泉を過ぎると、ほどなく道は分岐点に差し掛かる。
右へ下れば平家の落人伝説がある六合村の最奥、世立(ヨダテ)を掠めて野反湖方面への長い上り坂となる。
今回は左に道をとって草津温泉に向かうことにした。
登り掛けの集落でまたも鯉のぼりに出会ったが、今度はあまりの数に圧倒された。
この小さな集落のどこに、百にも及ぶ鯉のぼりが用意されていたのか。
各戸が拠出したのだとすれば、時間の魔術がそれを可能にしたのだろう。
到底都会のようなディスプレイとは考え憎いので、一つひとつの鯉のぼりには村で育った若者の成長記録が刻まれている気がした。
昨年の秋には、自生の紅葉に慰められた道だ。
旅館の出迎えのように一列に並んで「いらっしゃいませ」というのではない。思い思いの格好で、木々の間、岩の上から色づいた掌を振って歓迎してくれたのを想い出す。
こんな時期に辛夷がポッ、ポッと咲いている。
暗い雑木林を背景に、まるで電灯が点ったみたいに輝いている。咲きかけの辛夷ほど好ましい花はない。まして山中のそれは遠慮がちな少女のように美しい。
やがて品木ダムへの案内板が現われる。
不思議な異空間への寄り道は、今回パスすることにした。
石灰で中和するというミドリの湖は、モノが消え、人が消えそうで怖いのだ。
峠を越えて間もなく草津町に迎えられる。
屋根のような山並みが、残雪をまとって光っていた。
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