酒が好きな友人と吉祥寺・三鷹で飲むことになり、そのついでに井の頭公園の先にある
山本有三記念館を見物することにした。ご覧の通り、素晴らしい洋館です。暖炉の
煙突が印象的。
この建物は、裕福な貿易商人が建てたものですが、商売が傾いて手放し、それを
山本有三が買い取ったのです。
ここは台所だったそうです。奥の部屋は有三さんの長女の部屋。
娘さんの部屋は一階で、庭に面した明るい部屋。アーチ形の枠をつけた大きな窓が
ずらり。快適そうですが、モノは置けないな。
食堂の奥は応接間。いまはそれを仕切る壁が取り払われ、大きな1室となっています。
なぜ食堂と応接間を大きな1室にしたかというと、それは戦後GHQに「接収」された
からです。占領軍は、日本各地にある立派な建物、特に洋館を取り上げて、軍の高官が
住んだのでした。まあそこに住んでいた住民は有無を言わさず追い出されたわけです。
米軍の高官たちは、まさに「土足で入ってきて」、品定めをして「ここがいいな」と
やったそうです。引き上げるときには当時の現状に戻すという約束だったそうですが、
室内を土足で暮らし、邪魔なものは勝手に捨てる、外から中からペンキを塗るで、
有三一家は返還後も、とても住む気にならなかったとか。まあ市街地をまるごと
爆撃するような戦争に負けたわけですからね。。。
この家で『路傍の石』を書いたそうです。『真実一路』とか、今の時代にはもう
読まれない純文学だなあ~。しかしこういう小説を書いて、こんな立派なお屋敷を
手に入れるような収入を得られたのー?
二階に行ってみます。
書斎。窓枠がオサレです。
和室もなくちゃなあ~。いいなあ~。
こんな着物を着ていたとか。
有三が手放すことになっても、あまりにも立派過ぎて買い手が見つからなかったとか。
庭もこんなに広いし、いまなら何十億だろうしなあー。
というわけで、友人と昼飲みの待ち合わせをしている「いせや」に。いまはビルに
なっちまっているんですが、以前はオンボロの木造で風情がありました。「酒場放浪記」
の第一回目がここだったんですよ。むかしは昼から安く飲む連中がウロウロしていましたが、
いまはちょっと観光地っぽくなっていました。
本格的に飲む夕方5時に酒場が開くのを、ここで軽く飲んで待つ(^益^)b