男鹿半島のなまはげ君ともお別れです。五社堂とゴジラ岩を見てぶらぶらしましたが、
バスが出るまでの時間をもてあます。ビールくらい飲むところあればなあ~。
ここのバスは終点なので、15分ほど前に到着していた。中で座るか、と乗り込むと、
運ちゃんは一番後ろの席で横になって昼寝をしていました。滅多に乗ってこない
乗客に驚いて起き上がろうとするのを「まま、そのままそのまま♪」と制止する^^;
さて秋田に戻り、夜の居酒屋へ。
郷土料理、きりたんぽ、なんて書いてあるではないか。
入ってみると、なかなか広い。宝塚みたいなショートカットの女将さんがきりきり
働いています。我が故郷、東京下町によくいるタイプ。愛想がない(^益^)w
でも料理や酒を出してくれるのは、目の前にいた大学生くらいのアルバイトの
お嬢さん。家族経営で娘さんが手伝っているのは微笑ましいが、お嬢ちゃんが
居酒屋でアルバイトはどうもなー、とか余計なことを考える。
さて「きりたんぽ鍋」。なかなか旨かったですよ。しかしこういうのをひとりで
食べると、チビチビつまむものではないので、酒は置いといて食うのに専念せねばw
古き良き居酒屋で広々していれば、遠慮なく一服できるわけです。( ´ー`)y-~~
高清水の灰皿、ほしいな~と考える。
アツアツのきりたんぽ鍋を一気に片づけ、ゆっくりと酒に入る。好きな「ひれ酒」が
ありました。秋田はフグでも有名とか?しかし香りがもう少しほしいな、と瓶のフタを
開けて中をのぞいてみると、ちっちゃいヒレが1切れ!けちくさ!(=゚益゚):;*.’:;
俺の職場の近くの行きつけの店では、大きめのが3枚くらい入っていて、まるで
麺が見えないチャーシュー麺くらいになってるぞ?
支払いのときには、無愛想な女将さんも笑顔を見せてくれました^^;
さて次はバーだ。
五社堂を見て、ふたたび海岸へ戻ってきました。海岸沿いに歩くと「ゴジラ岩」が
あるはずだ。
右下の地図、私はいま赤い印のところにいるのです。右上の画像がゴジラ岩。夕日が
ちょうどゴジラの口にところにくると、まるで火を噴いているように見えると。
ちなみに3時45分のバスに乗って帰らないと、秋田に帰れません~w
なので夕日は見られん。
なかなかきれいなところです。まわりに人影はありません。でも、このうしろで
車を降りて立ちションをしている人がいました。まさか歩いているやつがいるとは
思わなかったでしょう。こちらもまさか放尿中のおっさんがいるとは思いません
でしたよ。この広い空の下、見渡す限り二人きり♪でさ、あっと目が合ったんだよw
あるある。ゴジラに見える?
("゚д゚)ウム たしかに見えないこともない。
角度を変えると、まったくゴジラのゴの字も感じられんのである。
日本海。冬には暴風雪が吹き荒れるのであろう。
北朝鮮に連れてゆかれたカップル、冬の日本海の海岸でデートしていたところを
拉致されたそうですね。「なんでそんなときにそんなところで?」と私が言ったら、
新潟の海岸沿いと鳥取の海岸沿いでそれぞれ生まれ育ったカップルの友人夫婦が、
口を揃えて「そりゃ行くんだよ」と言いました。
田舎だとデートをするにも人の目があり、すぐに噂が村中に広がるので、とにかく
人のいない夜の海岸やら山奥に行くらしいです。大変だなー。
俺なんか「コーシーでもいかが」とか「○×公園でも歩こうか」って始まり、雑踏の
なかで人の目を気にする必要がなかったけれど、ド田舎だと真冬なのに「夜の海岸
でもどう」とか、雨の中でも「山奥に行きませう」なんて言うのかなー?
999段と言われる石段を登りつめ、ようやく鳥居が見えてきました。ヒーフー。
おお、なかなか印象的。空気は静まりかえり、神秘的な雰囲気。
木が密集する山の中で、突然現れる木材を組み合わせた匠の技。宗教的精神と
自然の調和がお見事。
建物の景観を邪魔するように(?)目の前には杉の巨木。人工物を見る人間の目線を
優先して切ったりしないところがいいですね。右手の小さな建物に、「逆さ杉」の
伝説が書かれておりました。
逆さ杉
その昔、この山奥に鬼たちが住んでいて、村へ降りて家畜や娘をさらう悪さを
しては村人を悩ませた。
困りはてた末、村人たちは「毎年一人づつ娘を人身御供に出す。その代わりに、
村から五社堂までの間を一夜のうちに石段を、しかも一番鶏のなく前までに、千段を
築きあげること。それができなければ、今後村へ下りてこないように」と鬼たちと
約束をした。
鬼たちは日暮れを待ってせっせと作業をし、あれよあれよと見るまに石段を築いて
いった。
それを見た村人は九百九十九段まで積んだとき、大慌てで物まね上手なアマノ
ジャクに「コケコッコー」と鶏の鳴き真似をさせた。これを聞いた鬼たちはとび
あがって驚いた。
あと一段で目的を果たせたのにと、じだんだを踏んでくやしがり、やがて怒り狂い
身をふるわせながらその腹いせに、かたわらに生えていた千年杉をめりめりと一気に
引き抜き、それを真逆さまに大地へ突き刺しこんで、やがて鬼たちはしおしおと
お山へ帰っていった。
あとに鬼どもの作った九百九十九段の石段が残され、再び鬼は村へは現れなかった
という。
根抜きして逆さにたてられた杉は枝は繁茂していたが、何時の頃よりか枯れ朽ちて
今は古株だけが現存している。
ということだそうです。人間のいんちきがばれたら大変なことになってたろうねェ。
というわけで、五社堂の鼻っ先に立っているのが「逆さ杉」じゃないんだな?
近くにあった、でっかい切り株のこれかー?
キノコと呼べないほどすごい形だな。。。
こちらの地区のマンホールは五社堂です(^益^)b
男鹿駅からのバスは、ひとりひとりとバーサンたちを降ろし、まもなく乗客は
俺一人となっていた。「門前」という終点についてバスを降りようとすると、
運転手が出口のドアを開けない。俺が料金箱に硬貨を入れるとその音に驚いていた。
誰もいないと思っていたのである。普段から終点まで乗る人は少ないんだね^^;
さてバスを降りるとまたしても「なまはげ」のお出迎え。こんどは巨大である。
五社堂への道だ。どうやらあまり観光客というか人は通らないらしい。
途中でお寺があった。ベントーを食べるために座るところがないとね^^
("゚д゚)ウム 男鹿駅の前にも何もなかったが、そこからローカルバスの終点まで来たの
だから、何もあるはずがない。たしかに買っておいてよかったなー。しかし少し
階段を登っただけでも汗が噴き出てくるようだ。日本の夏は、湿度が高いんだよw
さて階段上り再開。道なき道をゆく…。イザベラ・バードじゃないけれど、これじゃ
まさしく"Unbeaten Tracks"だよなあー。
お寺に出る。さすがにここは手入れがされている。
そこを通過すると、またこうだ。
あひー。一本道が見渡せると、心を折るよなあ~。湿度が高いので、汗が額を
ポタポタ落ちてゆく。
ううう、いつまで登ってもこの景色だ…。
まて次号。 (^益^;
男鹿駅前をぶらついてみると、人も見ないし店らしいものもない。しかしこんな
立派な建物があったぞ。左には蔵だ。素晴らしい入口。そして縦長の窓。
おお?「森長旅館」。これは「ホテル諸井」よりはるかに素晴らしい建築だ。
いまネットで検索してみたら、どうやら文化遺産のようですね。
裏のほうです。ちらっとだけ内部が見られました。のぞき?(^益^;
手の込んだガラス。そして木の枠。しみじみ見てしまいます^^
「シーガール」って、一瞬"seagull"(カモメ)と思ってしまいましたよ。
"sea girl"で「海の女」なのね。
待合室に貼ってあったポスター。そぉ~か、秋田の海岸で失踪した人たちは、
北朝鮮に連れ去られた可能性があるわけですね。もし来ていたら、船ごとつかまえ
られたらねェ。しかし「昭和35年」とかいうのもある。50年以上前の写真を
はってもねー。
右の「指名手配」の人たちも、なんか俺が子供の頃から見た顔だなー。何十年も
経ってたら全然わからないでしょー。オウムだって警察署に出頭してきたやつを
警察官はなかなかわからなかったんだからw
さてバスが来たよー。ちっちゃ(^益^)w
お二人の老人も乗りました。スタート!
おお~。鉄工所の建物、そのまま博物館入りだよねー。「明治村」とか「北海道
開拓の村」みたいなところに?
「ドジャース」というスーパーがありました。マエケンが行ったチームの名前が
「ロサンゼルス・ドジャース」ですね。「ドッジ・ボール」ってあるでしょう。
"dodge"って、「ひらりと身をかわす」という意味です。ロサンゼルスには路面
電車が行き交っています。市民はいつもよけて暮らしているので、「ドジャース」と
いう名前がついたのです。
なのでスーパーにつける名前かなーw
それはさておき、ここの前にある停留所でおばーさんが何人も乗り込んできました。
みんな山盛りの買い物袋を両手に抱えています。重くてステップを上がれないので、
私が荷物を受け取って席に運んであげました。(閻魔にアピール1ポイント追加)
おばーさんを何人も乗せたバスはいきなりにぎやかになりました。しかしその方言は、
最初ブラジル語だか南アフリカ語に聞こえましたぞ。おばーさんたちはしばらくバスが
走るうちに、ひとりふたりと荷物を抱えて降りてゆきました。このバスは生活必需品
なのですね。なんだか小説に出てくる場面のように、最後には私はついにひとりに
なったのでした。