続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

一月一日。

2012-01-01 06:50:29 | 日常
 時間という概念は不思議を秘めているけど、存在するもの全員が決して否定しない、肯定すべき条件でもある。

 時間に刻まれた想いは霧消していく。

 幾多の思い出・・・。時間はそれらを踏み越え、総てを更新し、ひたすら未来を現実のエリアに引き込んでしまう。どんなに抵抗しても、一月一日という日は必ずやってくる。

 希望、期待を持つべきだとわたしの何かが囁く。(すでに老い始め、機能は劣化の一途だけれど)
 それでもなお、時間という余白に対峙し、無を有に変換していく。行かざるを得ない。

 つまり、生きて在る限りは、(ねばならない)という責務と(であればいい)という希望(楽観)の間を右往左往する。
 改めて言うほどの新年の抱負はないけれど、一に健康、二にも健康あるのみ。

『風の又三郎』199。

2012-01-01 06:40:53 | 宮沢賢治
「早ぐ来て押へろ。早ぐ来て。」一郎は行きも切れるやうに叫びながら丸太棒をもとのやうにしました。

☆葬(死者を葬る)雷(神なり)
 往/人は死ぬと、総て雷(神なり)
 宇宙の則(道理)の説(考え)は、経/常に変わらない。
 願いに代える謀/はかりごとである。

『城』701。

2012-01-01 06:13:13 | カフカ覚書
そして、もちろんフリーダはあの人のところへいそいで行きますが、これとても、この子の仕事にすぎないのです。

 いそいで/eilends→ahnen/予感する。
(彼の)ところ/Sache・・・事件、核心。

☆そして、もちろんフリーダ(自由、平和)は、彼に原因の核心(事件)を予感していている、そういうことなのです。