板壁と地面、その上に対の足。傍らには新聞紙の切れ端(良く見えないけれど、女体?)。
足と見えるものは上体はなく、編み上げ靴に変容している。靴のような足、足のような靴である。
靴は空であり、人の存在はないことから不在をイメージしているとも思われるが、足指のリアルさから生の人間を想起させ、この物の半分は血の出る肉体の一部として描かれている。いわば、切断された足である。
板塀に遮断された世界、向こうは見えない。板の年輪は時間、時代を暗示していると思うが、どことなく古び汚れた感じが拭えない。(少なくともクリアーではない)
歩くことのできない足、履くことのできない靴。新聞紙の写真は何を暗示しているのだろう。裸体であることから、淫乱・不義をイメージさせる・・・とすれば、罪だろうか。
罪による足の切断。
愚かな者に託して事を言い送る者は、自分の足を切り去り、身に害をうける。(箴言・第二十六章)
石ころだらけの荒れ地であり、歩けばおそらく血の出る地面のように見える。
『赤いモデル』とは、警告!なのだろうか。
この板塀は外界との遮蔽を意味する、隔絶された世界の暗喩。
靴への同化を拒否するかの足指(足先)は、青筋を立て、怒りを露わにしているようにも見える。時代の中に置き去りにされた悲しみの告発という印象を受ける。
警告であり、忿怒であり、悲しみでもある『赤いモデル』には慟哭が隠されている。
(写真は『マグリット』㈱東京美術刊より)
足と見えるものは上体はなく、編み上げ靴に変容している。靴のような足、足のような靴である。
靴は空であり、人の存在はないことから不在をイメージしているとも思われるが、足指のリアルさから生の人間を想起させ、この物の半分は血の出る肉体の一部として描かれている。いわば、切断された足である。
板塀に遮断された世界、向こうは見えない。板の年輪は時間、時代を暗示していると思うが、どことなく古び汚れた感じが拭えない。(少なくともクリアーではない)
歩くことのできない足、履くことのできない靴。新聞紙の写真は何を暗示しているのだろう。裸体であることから、淫乱・不義をイメージさせる・・・とすれば、罪だろうか。
罪による足の切断。
愚かな者に託して事を言い送る者は、自分の足を切り去り、身に害をうける。(箴言・第二十六章)
石ころだらけの荒れ地であり、歩けばおそらく血の出る地面のように見える。
『赤いモデル』とは、警告!なのだろうか。
この板塀は外界との遮蔽を意味する、隔絶された世界の暗喩。
靴への同化を拒否するかの足指(足先)は、青筋を立て、怒りを露わにしているようにも見える。時代の中に置き去りにされた悲しみの告発という印象を受ける。
警告であり、忿怒であり、悲しみでもある『赤いモデル』には慟哭が隠されている。
(写真は『マグリット』㈱東京美術刊より)