ギリシャ神話に出てくるような女神の石膏像(頭部)はこめかみ辺りに血をながしている、後部右脇には同じ質感の鈴(言葉、風評、意見、声etc)、そして一輪の赤いバラが板の台にそれぞれ乗っている。
背景は暗雲で覆われたさざ波の立つ海面(湖・川)であるが、これらの対象物は左上方からの光を受け影を作っている。
ということは、背後の海の世界と、隔絶した別世界の光景が合成されている。つまり、背後は現世であり、手前の景色は冥府(心象世界)である。
Memory/記憶は《故人/死者の霊》をも意味しているのではないか。
美しい女の面影は傷つき赤い血を流しており、斜め後ろには声なき無念の声が静かに鎮座している。
女の命、象徴である赤いバラが一輪、凛として置かれている。よく見ると、薔薇はまだその生命を全うしていない。つぼみではないが、開花の前兆である。
まだまだ人生を全うしていない女(石膏像)の生命を暗示しているように思える。
女(石膏像頭部)が現世(暗雲漂う不吉な空と海の景色)に背を向けているのは否定であり、現世で受けた悲哀の記憶を打ち消しているからではないか。
Memory・・・永遠に消えることのない母への追慕、黙して語らなかったという母への想い、鎮魂の記念碑である。
(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)