『女盗賊』、作品を見る限り、この黒ずくめの者は、男か女か分からない。女盗賊という題名からすると、正体は女ということになる。それにしても上半身が極端に大きく下肢が小さいのは何故か、足が本当にあるのかさえ不明である。ただ、手だけは人間の体である。
両手でしっかり箱の上部(蓋?)を抑え込んでいる。決して開けることは適わないものであるかのように。
決して、断じて開かない…不可逆、これは死をもって他にない。この箱の中には死体が眠っているとは考えられないだろうか。右隅に置かれた二つの箱は、この世(現世)に残した未練、心残りだと思う。
死…(この現象は滅することではなく、霊界の使いが、現世へやってきて盗んでいくのではないか)と、マグリットは考えたのではないか。
霊界の盗賊は闇黒の時空に、生命果てた死体の盗人として現れる。黒ずくめの下の正体は繊細で女らしい配慮と優しさに満ち、そして覆面の下の素顔は泣いているのかもしれない。
霊界の使いである、女盗賊は時空を軽々と浮遊・飛翔するゆえ足など不必要であり、愛しい死体を運ぶための腕と胸が巨きくさえあればいいのではないか。
腰から股間にかけてのVの字型のものは、Vacancyは空虚/何もないことを示しているのかもしれない。
何もない、目に見える現象は何もないけれど、死人(しびと)を大きな胸で抱いて逝く優しい女盗賊がきっといるに違いない!
マグリットの葬送の想いだと思う。
(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)