日ごろから倦怠感(怠情)はあるけれど、健康であると思っているので健康診断は受けたことがなかった。
ただ突然重篤な病に陥り周囲の人を困惑させては申し訳ないと昨年、意を決して健康診断を受けてみた。軽度のメタボとコルステロールが少々高めという予想通りの結果。
(まあ、こんなもんだわ)と高をくくっていたら、メタボ改善の食事と運動というご案内が来たけどそのままにしてたら、「もうすでに受けましたか」というハガキが…。更に電話が…。
「改善指導になぜいらっしゃらないのですか」
言葉に詰まって「忙しいので」と答えてしまったけど・・・。
「病院にはかかっていますか、薬は飲んでいますか。」と矢継ぎ早の質問。
「いいえ」と答えると、
「では、今年も健康診断の通知をお送りいたしますから、是非受診してください」と。
健康診断を受診すると、ここまで気を使ってくださるのかとビックリ。
健康なまま死んでいく(?)医者にかからず、余計な薬は飲まず自然に(気がついたらあの世にいた)という風に死にたい。
『レディ・メイドの花束』
山高帽を被った男の後ろ姿にボッティチェルリ《春》のなかの女神フローラが描かれている。
手前というか背景には光差す森林、そして石造りのフェンスがある。
向こうには見知らぬ世界が在り、それを見ていると思われる後ろ姿、しかしそれを誰にも知られてはならない。この後ろ姿こそ、自分の安らぎの領域なのだ。
秘密…『複製禁止』に通じる作品である。
わたくしは、前(社会)に背を向けている。わたしにとっての前は逝くことの叶わない世界であり、亡母の住む場所である。「おかあさん」それは女神とも憧憬ともいえる、イメージとしての女人です。
誰にも言えない秘密を抱いて生きている。
だから、何人にも詮索を許さないし、誰にもこの領域に踏み込んでいただきたくない!
わたくしの密やかな安息を誰にも覗かれたくありません。
(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)
「だからさ、西洋料理店といふのは、ぼくの考へるところでは、西洋料理を、来た人にたべさせるのではなくて、来た人を西洋料理にして、食べてやる家とかういふことんんだ。これは、その、つ、つ、つ、つまりぼ、ぼ、ぼくらが……。」がたがたがたがた、ふるへだしてもうもおが言えへませんでした。
☆済(すくい)を容(聞き入れ)、霊(死者の魂)の裡(うちがわ)を展(ひらくこと)の講(はなし)である。
正しい様(ようす)の霊(死者の魂)の裡(うちがわ)には礼(敬意を払い)渡(通り過ぎる)。
凄(痛ましい・悲しむ)様(ようす)の霊(死者の魂)の裡(うちがわ)には拭(ふいて汚れを取る)気(けはい)が現れる。
しかし、赦してもらうためには、まず罪を確認しなくてはなりませんが、役所は、それをきっぱり否認したのです。そこで、父は、こちらの払いが十分でないから、罪を隠しているんだ、という考えにとりつかれました。この事は、父が当時すでに精神的に弱っていたということを語っていました。
☆しかし、赦してもらうためには、罪を確認しなくてはならないが、終わり(死)を否認したのです。死への考え、霊がわずかしかいない、十分に数えられないのは罪を隠しているからだと教えました。