続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

『飯島晴子』(私的解釈)鵜の海に。

2021-10-14 07:32:47 | 飯島晴子

   鵜の海に青き着物のちから無く

 鵜の海はウ・カイと読んで、迂、解。
 青き着物はショウ・ジャク・ブツと読んで、章、惹、物。
 ちから無く(力、無)はリキ・ブと読んで、力、舞。
☆迂(とおまわり)に解(わかる)章がある。
 惹(ひきつける)には、物(ことがら)の力を舞(奮い起こすことである)。

 鵜の海はウ・カイと読んで、烏、獪。
 青き着物はショウ・ジャク・ブツと読んで、障、若、払つ。
 ちから無く(力無)はリキ・ムと読んで、利器、謀。
☆烏(からす)は獪(悪賢く)障(邪魔をする)若(ごとし)。
 払つ(はらいのける)には利器(便利な器具)で謀(企てる)。

 鵜の海はウ・カイと読んで、宇、芥。
 青き着物はショウ・チャク・ブツと読んで、少、着、払つ。
 ちから無く(力無)恩ではリキ・ブと読んで、力、撫。
☆宇(ひさし、のき)の芥(ごみ)は少いが、着(ついて離れない)。
 払つ(ぬぐう)には力で撫でる。

 鵜の海はウ・カイと読んで、雨、快。
 青き着物ウはセイ・ジャク・ブツと読んで、静、寂、払つ。
 ちから無く(力無)はリョク・ムと読んで、利欲、謀。
☆雨の快(心地よい)静寂は払つ(はらいのける)、利欲の謀(はかりごと)を。


M『火の時代』

2021-10-14 07:18:05 | 美術ノート

   『火の時代』

 インディアンのような男のシルエット、頭部に羽飾りをつけている。白い手、白い球体は何を暗示しているのだろう、立ち上っていく火炎。
 地層のようなプレートのような切れ切れの大地、海だか空だかの判別も難しい曖昧な背景、雲も赤黒く奇妙である。
《混沌の時代》ということだろうか、古代、人は《火》を手にした! 革命である。

 火は力であり、信仰であり、生きる術である。この原初…白い手の周囲の領域に描かれたものは何かはっきりしないが牧畜の景かもしれない。

 共生、弱肉強食と換言してもいいかもしれない。生きることの律である。
 火を得たことは、生物界において勝者を意味する。ここに人類の始まりがある。

 写真は『マグリット』展・図録より


『水仙月の四日』26。

2021-10-14 06:29:24 | 宮沢賢治

狼どもも、まつすぐに首をのばして、しきりにそつちを望みました。
 風はだんだん強くなり、足もとの雪は、さらさらさらさらうしろへ流れ、間もなく向ふの山脈の頂に、ぱつと白いけむりのやうなものが立つたかとおもふと、もう西の方は、すっかり灰いろに暗くなりました。

☆大神たちもまっすぐ主神(太陽)を望みました。
 風(教え)はだんだん強くなり足下(敬意)の死はさらさらさらさら・・・新しく流れ、間もなく白い(魄)が絶つたかと思うと、もう西(冥府)の方はすっかり灰いろに(grei→greitを暗示しているかもしれない)暗く(アンと読んで行/悟りに到るための修行)なりました。


『飯島晴子』(私的解釈)月震へ。

2021-10-13 07:22:23 | 飯島晴子

   月震へ海から上つてくる腕輪

 月震はガツ・シンと読んで、合、進。 
 海から上つてくる(海上来)はカイ・ジョウ・ライと読んで、皆、状、頼。
 腕輪はワン・リンと読んで、one、倫。
☆合わせて進む皆(すべて)の状(ありさま)は頼もしい。
 一つになれば、倫(仲間)である。

 月震はガツ・シンと読んで、合、審。
 海から上つてくる(海上来)はカイ・ショウ・ライと読んで、解、照、磊。
 腕輪はワン・リンと読んで、一、臨。
☆合わせて審(正しいかどうかを明らかにする)解(問題を解く)には照(見比べて)磊(小さなことにこだわらない)で一(ひたすら)臨む。

 月震はガツ・シンと読んで、合、真。
 海から上つてくる(海上来)はカイ・ショウ・ライと読んで、怪、証、頼。
 腕輪はワン・リンと読んで、彎、輪。
☆合(太陽と惑星が同一方向にある状態)の真、怪(疑問に思う)。
 証(裏付け)の頼(根拠)は、彎(弓なりに曲がり)輪(順番に回る)からである。


M『深淵の花』

2021-10-13 07:05:18 | 美術ノート

   『深淵の花』

 The Flowers of the Abyss…Abyss、底なし地獄、底の知れない深みの花。
 馬の鈴・・・伝説、噂etc、人の心の闇。

 どこかよく分からない場所の設定、あるようでない光景暗い闇の中に明確に形を表す馬の鈴(言い伝え、中傷、メッセージ)は花を装い、自然の理に背く形(人為的)の葉を幾枚もつけて束にしている。

 この脅威、まさしく深淵の花である。だれにも知られず秘かに増幅、増殖していく目には見えないが確かに存在する花は人工的な華やぎと輝きを固く維持してさき続けている。

 写真は『マグリット』展・図録より


『水仙月の四日』25。

2021-10-13 06:32:01 | 宮沢賢治

 雪童子は革むちをわきの下にはさみ、堅く腕を組み、唇を結んで、その風の吹いて来る方をじつと見てゐました。

 死の導師は覚(さとり)の無智をわきの下にはさみ、堅く腕を組み、唇を結んで、その風(教え)の来る方をじっと見ていました。
 無知の知を悟る、すなわち、心を空にして…。

 狼どもも、まつすぐに首をのばして、しきりにそつちを望みました。

 大神たちも、まっすぐ首をのばして(首伸→主神)、しきりにそっち(主神)を望みました。

 生と死、現世と来世(冥府)の境界の話である。現世から来世への道(境界)、無を悟るということか。


『飯島晴子』(私的解釈)金管器。

2021-10-12 06:59:38 | 飯島晴子

   金管器あつまつてくる影の池

 金管器はキン・カン・キと読んで、近、刊、企。
 あつまつてくる(集来)はシュウ・ライと読んで、終、頼。
 影の池はエイ・チと読んで、営、致。
☆近刊(近いうちに出版する)企(計画)がある。
 終わりは頼(他者の助けを期待して)営(つくり)致(いきつかせる)。

 金管器はキン・カン・キと読んで、襟、貫、記。
 あつまつてくる(集来)はシュウ・ライと読んで、終、磊。
 影の池はエイ・チと読んで、詠、千。
☆襟(心の中)で貫(最後までやり抜く)記である。
 終わりまで磊(小さなことにこだわらない)で詠む千(数多)がある。

 金管器はコン・カン・キと読んで、婚、勧、期。
 あつまつてくる(集来)はシュウ・ライと読んで、周、磊。
 影の池はエイ・チと読んで、永、知。
☆婚(結婚)を勧(すすめること)を期(願う)周(まわり)。
 磊(小さなことにこだわらない)で永(末長く)知(相手を知ること)である。

 金管器はキン・カン・キと読んで、金、歓、喜。
 あつまつてくる(集来)はシュウ・ライと読んで、衆、頼。
 影の池はエイ・チと読んで、栄、質。
☆金の歓喜、衆(みんな)頼りにした栄(輝かしい)質(内容)であった。


M『冒険の衣服』

2021-10-12 06:22:49 | 美術ノート

   『冒険の衣服』

 白いベールに覆われた裸婦が両手を上にあげて横たわっている。この両手は招いているのか拒否しているのかの判別は不明である。
 上空にはオサガメが女とは逆の方向を向いて泳いでいる。

 ここは、海底なのだろうか。幾層もの板が重なっているのは地層だろうか。億年の眠りの中で女が求めているもの、あるいは拒否しているもの…生々しさはなく清冽な印象である。しかし、あくまで裸婦である。

 オサガメは男? 自由に浮遊しているが手足は不足であり、人間の女に接する術をもたない。この関係性は条理を外している。海底に沈みこんだ女の生死は?生きる条件を外した相に生きるということは、すでに幻であり、寓話の世界である。

 女の着衣は薄衣で無防備である。
 男(オサガメ)は鋭く硬い甲羅で、まるで戦闘服のようであるが、元来着衣など無い生き物である。
『冒険の衣服』(大胆な企て)とは何だろう。女は生きているが死んでいる、不自由である。男は女に関心を持たず、活性の自由を生きている。
 通常抱く観念的な見解(感想)からいえば、意思疎通のない男と女の風景である。
 この関係を暴く、大胆な構想である。


 写真は『マグリット』展・図録より


『水仙月の四日』24。

2021-10-12 06:08:00 | 宮沢賢治

 けれども、その立派な雪が落ち切つてしまつたころから、お日さまはなんだか空の遠くの方へお移りになつて、そこのお旅屋で、あのまばゆい白い火を、あたらしくお焚きなされてゐるやうでした。

☆尊い死が来世に向かい切ってしまったころから、太陽(来世への門)は遠くに移り、そこのお旅屋(死の魄が一時的に留まるところ)であのまばゆい魄の禍(わざわい)を新しく燃やして(消去)しているようでした。

 そして、西北の報からは、少し風が吹いて来ました。

 西北は乾、天。
 少しはショウと読んで、照(あまねく光が当たる=平等)
 風は、教え。
☆そして、天の方からは平等の教えが降りてきました。


『飯島晴子』(私的解釈)蝶を飼ふ。

2021-10-11 07:34:15 | 飯島晴子

   蝶を飼ふ人胸もとを見つめられ

 蝶を飼ふ人はチョウ・シ・ニンと読んで、帳、詞、認。
 胸もと(胸元)はキョウ・ゲンと読んで、況、幻。
 見つめられはケンと読んで、見。
☆帳(ノート)の詞(言葉)を認(見分ける)状(ありさま)は、幻(まぼろし)を見るようなものである。

 蝶を飼ふ人はチョウ・シ・ニンと読んで、弔、姿、忍。
 胸もと(胸元)はキョウ・ゲンと読んで、恭、厳。
 見つめられはケンと読んで、顕。
☆弔(とむらう)姿は忍(耐え)恭(かしこまっており)、厳しさが顕(あらわれている)。

 蝶を飼ふ人はチョウ・シ・ジンと読んで、調、子、腎。
 胸もと(胸元)はキョウ・ゲンと読んで、響、弦。
 見つめられはケンと読んで、験。
☆調子の腎(かなめ)は響(ひびき)であり、弦を験(確かめること)である。