町田市南大谷に「町田天満宮」と「菅原神社」と並ぶ町田三天神の一社で京都北野天満宮を本社とする「南大谷天神社」は鎮座する。総本社は京都の北野天満宮ならびに福岡の太宰府天満宮である。当社は大谷村村長「五十嵐次郎左衛門」が大谷村の鎮守として正保2年(1645)に創建。享保5年(1720)に願主の「五十嵐伝兵衛敬孝」がご神像を大佛師康伝により修飾したことが仕立書に記されている。社宝の「神額」は安永4年(1775)正一位天神宮の金文字で「金龍山月寺」の長運観守の書である。ご祭神は菅原道真公、宇迦乃御魂命、大山咋命。境内社として稲荷神社。町田駅と玉川学園大学のほぼ中間、恩田川沿いに鎮座している。「社号表」と「大鳥居」を抜けると「二の鳥居」があり、ここから石段を上がると正面に本殿(本格的な一間社流造で細部に至るまで地方的な作風でなく中央の系統に繋がるもの)がある。文化7年(1810)に社殿を改築。現在の社殿は昭和35年に新造。神像の胎内文書から本殿の建立時期は17世紀中頃と判明。境内には別当寺であった「禅宗南松寺」の遺構の一つ「観音堂」が残っている。禅宗南松寺は南大谷天神社と同時期に創建され2百数十年「天神社」の管理、共栄していたが明治4年太政官布告により廃宗廃寺とった。当社の境内には60本の桜があり間もなく桜の季節へ向け開花へスタンバイ中である。(2103)






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