ハリックの診断即治療&虹彩と、Kenさんの経済学&スケッチ

虹彩には、体質や、現在、過去、未来、のデータが秘められています。虹彩学による虹彩分析を針灸、巨針、食事療法の指針に!

鍼灸師の論語とソロバン。「智」 (2)

2012-04-09 09:04:46 | 論語とソロバン
渋沢氏は、「常識とは如何なるものか」と設問し、次のように回答している。

【人間の心を解剖して、「智、情、意」の三つに分解したものは、心理学者の唱導に基づくところであるが、何人といえども、この三者の調和が不必要と認めるものはなかろうと思う。智恵と情愛と意思との三者があってこそ、人間社会の活動もでき、物に接触して効能を現してゆけるものである。ゆえに、常識の根本原則たる「智、情、意」の三者について少し述べてみようと思う。】

その後に、「智、情、意」について述べているのですが、「智」の部分を簡略して説明すると以下のようになる。

智:智恵がなければ物を識別する能力に不足をきたす。いかに学識があっても、善や利の見分けができなければ宝の持ち腐れに終わってしまう。ただおのれ一身さえ修めて悪事がなければ宣いということになれば、誤思謬見(ごしびゅうけん)になり、世に処し、社会に立って何らの貢献する所もない。


論語に、【君子は和して同ぜず。小人は同して和せず】というのがありますが、これは主体性のない人のことを、智のないとして「小人」と呼んでいる。

鍼灸師の会もたくさんありますが、何が目的でそんなにたくさんできたのだろうと考えるときがある。

「会」となると、組織になるので、組織の慣習に従わなければならない。
学識があり、善や利の見分けができても、会の慣習で若い人に発言権がなければ、若い人は、世に処し、社会に立って何らの貢献することができなくなる。

今はわかりませんが、私が鍼灸学校へ通っていたころは(30年前)、鍼灸師会の学術大会というものは、「貶し合い」の会合に思えた。
誰かが発表すると、上げ足を取って講演者を叩きのめす。
その後、「あいつよりワシのほうが偉いんだ」と自慢話をする。

「智」のない話です。


中国の国際学会で、聴講者が講演者に質問をした。
講演者は答えることができず、一瞬沈黙の時間になった。

質問者はすかさず挙手して、こう言いました。

「申し訳ありません。私の勘違いでした。質問を取り下げます」

と言うと、間髪を入れずに司会者が講演者を援護するように、こう言いました。

「はい、ありがとうございました。これで今の質問は終わりました。他に質問はありませんか」

中国では、講演者を大事にしてくれるという印象が強く残った。

質問者も司会者も「智」のある人だと思った。

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端午の節句:兜(スケッチ&コメント)

2012-04-09 08:32:48 | スケッチ


端午の節句:兜

江嵜企画代表・Ken



日曜日の8日、高島屋友の会、猪熊佳子日本画教室で端午の節句の
お祝い用に兜の絵を色紙に描く機会があった。虎、うさぎ、辰の
干支のあと先日は立ち雛と来て、今回の兜で色紙を描くのは
5回目である。

10時半から午後1時半までの教室では描ききれず、今回も
自宅に持ち帰って、猪熊先生が描かれた色紙のコピーを見
ながら自己流で仕上げた。

端午の節句をヤフーで検索した。古来、中国では、物忌みの月
(5月)には厄払いの行事が盛んに行われた。端午の「端」は
文字通り「はじ/最初」の意味、「午」は「うま」、つまり
端午とは、五月の最初の午の日に行われる意味で、必ずしも
五月五日ではなかった。

日本でも奈良、平安時代には5つの節句が取り入れられ、当時
貴族の間では、それぞれの季節節目の身の穢れを祓い大切な
行事だった。後に、宮中から鎌倉の武家社会へ広がる。特に
武士は菖蒲を「尚武=武を尊ぶ」とかけて、5月5日を尚武の
節目の行事として、盛んに端午の節句を祝うようになった
等と出ていた。

武家に男の子が生まれると、門前に馬印(うましるし)や
幟(のぼり)を立てて男児誕生を衆々に知らせ、お祝いした。
これらの風習が裕福な庶民へ拡がった。庶民は幟を立てる
ことは許されていない。代わりにこいのぼりを上げるように
なった。その後紙兜や人形をつくるようになり、武者人形などに
発展したなどと書いてあった。

ついこの間、桃の節句で立ち雛を描いた。早や端午の節句
である。年齢をとった性もあるが、月日の経つことの早さに
驚くばかりである。(了)

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