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『地球を呑む』。クラシック音楽をかけながらマンガを描いていたらしい神様の作品。章ごとに、「アダジオ・モデラート」とか「フーガ」とか「メヌエット」といった題名が付いている。この人は非常に感情的でヒステリックな人間だったのだろう。「芽むしり仔撃ち」の主人公の少年がクラシック音楽に耽溺しながらマンガを書いているという感じがする。音楽が終わるように作品を書き終えたいと望むような……。それは戦中派であったこととはあまり関係がないだろうし、手塚の好んで描くいけない性癖のせいでもないであろう。かなり図式的な話の組み立て方をする割に、手塚の作品全体は流れる何物かである。
手塚の作品によくあるように、この作品も善悪の彼岸に突き進む話である。手塚が戦後民主主義的であるとは限らない。手塚は全てを崩壊させたかったのであろう。手塚はさしあたりその手段として性的なものを使用するが、常にその他の人間の欲望とともに、それがもっと大きな流れの中に消滅してしまう過程を描き出す。大切なのは全てを呑みこんで酔うことである、と言いたげである。しかしそれがよいこととは言っていないが……。