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「鉄塔王国……といっても、あんたにはわかるまいが、そういう名まえの小さい王国が、日本のある山の中にできているんだ。世界でだれも知らない小さい王国だ。ふかいふかい山の中に、まっ黒な鉄の塔がそびえている。そこに一つの別世界ができている。おれは、その鉄塔王国の首領、いや、王さまの命令で、あんたのところへ、やってきたんだ。
王さまから、お金持ちのあんたに、一つたのみがあるんだ。そのたのみというのは、ほかでもない。鉄塔王国にたいして、一千万円寄付してもらいたい。いくら別世界の王国でも、金がなくては、やっていけないからね。それで、時間と場所をきめておいて、現金で一千万円、おれに手わたしてもらいたい。これが、こんばんの用件だよ。どうだね。返事をききたいね。」
村瀬という男は、そういって、ピストルの筒口をあげたりさげたりしながら、主人の顔を見つめるのでした。
――江戸川乱歩「鉄塔の怪人」