★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

人之其所親愛而辟焉

2023-07-13 23:09:24 | 思想


所謂齊其家在脩其身者、人之其所親愛而辟焉。之其所賤惡而辟焉。之其所畏敬而辟焉。之其所哀矜而辟焉。之其所敖惰而辟焉。故好而知其惡、惡而知其美者、天下鮮矣。故諺有之曰、人莫知其子之惡、莫知其苗之碩。此謂身不脩、不可以齊其家。右傳之八章、釋脩身齊家。

「人之其所親愛而辟焉」――自分が親しみ愛する相手にはそのことによる偏りがでる。憎む相手にはそういう偏りがでる。こんな自明なことも一応言っておかないといけないのは、実際偏った行為に及んでいる場合にも、我々の心は、偏りを修正し様々なものの影響を受け変形しているために、実際はそれほど偏った気がしていないからである。人間の場合は、相手を知識として知り尽くしたみたいな思い上がりはあまり起きないのが幸いであるが、主観の側の扁形はいかんともしがたい。

学問については、人間と違って、全体の体系が知識で構成できるような幻想がある。しかしそれを教わってから自分の独自性を考えようみたいなやりかたは大体失敗する。大概、なにかを思いつくのは全体が見えていない過程であって、読むのが遅く諦めない読書をする人が大きな仕事をするのはそのせいである。我々人類が、全体なんか見えない視野の狭い状態で永い間生きてきたからかもしれない。そして止まりそうな狭い視野には別の全体が見えている。それで主観の世界には、何かが発展的に現れるようにできているのである。

フィクションが説教で終わる類いのものは、その意味で、その発展的な何かを押しとどめ、我々の偏りを一端止めるために行われている。例えば「君たちはどう生きるか」なんかがそうである。物語の末尾のこの一言によって、少国民たちは、物語のあとを自由に想像することを禁じられるのであった。それを踏み破るためには、ふざけるしかなくなる。例えば、――コペル君の思春期の悩みはもういらないとみなして、まず目の前の上級生の不良を機関銃で撃ち殺し、ついでに日中戦争に介入してアジア連合軍でインドに攻め込み英国軍を追い出し、イタリアあたりで友達と早慶戦ごっこで遊ぶとか、コペル君が水谷君の姉上かなんかをほんとに好きになってしまい、くそみたいなポエムを書き散らしながら落第する結末を想像するとか、である。こういうものは、アジマ主義やファシズムやデカダンスに流れてしまう。たいがい、平凡な我々の創造力なんて、そんな感じである。しかし、吉野源三郎はそれを許さない。倫理にふみとどまるのが勇気だと言っている。

「君たちはどう生きるか」が刊行されたのは昭和12年で、――このあと、少国民だけではなく、吉野も含めた知識人たちがどう生きたのかが問題だったわけである。そして、少国民にああいう説教をしてしまった大人はどう生きるか、が戦後の問題。ほんとは説教された方にも責任があったが。。明日は、宮崎駿の新作「君たちはどう生きるか」が上映されるらしいが、――いつまでも戦後世代が戦中派の体験と説教に頼って子どものふりができたことと、宮崎アニメに説教されてきた者がいつまでも子どものふりをしていることはおんなじにように見える。

確かに世界は、再び闘いの世界に移行したかに見える。哲学者の出番である。たいがいの哲学者みたいな人は本質的にいろんな意味で好戦的だと考えた方がしっくりくるからだ。これを考えずに「世界史的立場」みたいなものの本質を時局のせいにしてしまいがちなんだが、それは誤っている。八〇年代の「近代の超克」論である柄谷行人の「日本近代文学の起源」なんか、やはり柄谷氏の哲学者化=変身の記録であった。

わたしの小学校の頃の担任の先生は、大江健三郎と同い年だったが、「芽むしり仔撃ち」みたいな子ども時代の乗り越え方は同世代として納得いかないと言っていた。思うに、先生の方が、戦時下の哲学的闘争の残り香を嗅いでいたのだと思う。対して大江が、そんな闘争をやめて、勝っても負けてもかまわない、つまり理屈が立っていなくても大丈夫な世界で、敗戦を乗り越えたように見えたのではなかろうか。哲学に対する文学の闘争は、戦中にもあった。例えば、京都学派と日本浪曼派はよく注目されるが、林房雄と小林秀雄、亀井とならべてみると個々の作家に帰せない魔圏が現れるような気がする。亀井勝一郎はもう中学生の時以来読んでいないような気がしていたが、このひとはベストセラー的な作家であって、いちど根本的な批判をしておく必要がある、と授業で思った次第だ。