Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

チャイコフスキー「交響曲第5番」

2017年05月09日 22時38分44秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 NHKのFM放送でチャイコフスキーの「交響曲第5番」を聴いた。管弦楽はギリシャ国立交響楽団、指揮はミハリス・エコノム。演奏も指揮者も初めて耳にする名である。重々しさよりもどちらかというと軽快さを感じる演奏であった。
 重々しく、ひきづるような出だしの演奏が流通しているが、このような演奏がとても新鮮に聴こえる。ただし私の好みではない。
 チャイコフスキーの交響曲第5番も実に久しぶりである。昔はこの曲がとても気に入っていて一日に何回もレコードをかけて聴いていた。学生時代はアパートの一室に籠ってチャイコフスキー三昧という日も多々あったことを思い出す。
 ロシアの暗い近代化の歴史と、ロシア革命前史のさまざま政治運動などの書物を読みながらチャイコフスキーを聴いていた。



 この曲はチャイコフスキーが48歳、1888年に作られた。冒頭の「運命の動機」といわれるものもいいが、第二楽章のホルンのソロとそれに続くオーボエによる第二主題が忘れられない。
 チャイコフスキーとナロードニキとの接点はないし、ナロードニキによる1981年の皇帝アレクサンドル2世の暗殺がチャイコフスキーにどのような影響を与えたのか、資料を読んでも分からない。親交を結んでいたリムスキー・コルサコフは当時の政府に批判的で革命運動に理解を示している。こんな時代背景を思い浮かべながらこの曲を聴くと、全曲に執拗に繰り返される「運命の動機」が暗くとてつもなく重い重石のように思われてくる。
 第4楽章で明るく「勝利感」のある曲ということになっているが、果たしてそのとおりなのだろうか。この軽快なコーダは嵐の前のいっときの陽ざしにように刹那的と私には思える。


ミュシャ展の混雑度はいかに?

2017年05月09日 20時24分32秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 午前中は退職者会の作業を少々。今度は14日までにA4裏表のブロックの会報を作成する必要がある。部数は70部あまり。A4の裏表なので特にたいへんではないが、それでも神経は使う。
 本日は1000円の理髪店で髪を短くしてもらいさっぱりとした。その足で家電量販店でCDプレーヤーを見てようやく購入する機種を決めた。購入は明日以降にした。

 明日はミュシャ展に出かける予定であるが、だいぶ混雑しているらしい。

「菖蒲湯の巨いなる父に抱かれよ」(石田波郷)

2017年05月09日 11時08分33秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 石田波郷の句から、

★二人子を預けて病める端午かな
★菖蒲湯の巨いなる父に抱かれよ
★軍歌あはれ鬼灯市に嫋々と


第1句、「端午」は端午の節句の5月5日。結核に冒された石田波郷は入退院を繰り返した。1946年に第二子が生まれているのでその後の句であろう。端午の節句に子と会えない境涯である。
第2句、病の父親であるが、「巨いなる」父性を感じた一瞬なのであろう。私の好きな句である。
第3句、「嫋々(じょうじょう)」は広辞苑初版によると「①風のそよそよと吹くさま。②長くしなやかなさま。③音声のながく響いて絶えぬさま。」とある。ここでは③の意であろう。「鬼灯市(ほおずきいち) 」は7月9日・10日に東京の浅草寺境内で行われる鉢植えの鬼灯を売る市。「鬼灯」は実が赤くなる秋の季語だが、「鬼灯市」は夏の季語。どのような軍歌なのかわからないが、戦前の句とするとこれは筆禍事件となろう。たぶん戦後の句と見るしかない。そうすると軍歌が「嫋々」と流れるとは、軍歌なのに弱々しく流れ、誰もが聞き流して見向きもしない、という戦後混乱期の句と思われる。強烈なアイロニーとも、混乱期の庶民の逞しさにかき消える戦前の勇ましさを対置したのか、なかなか面白い句である。