メランコリア

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ここにあるのはわたしの心象スケッチです。

『新・七つの大罪』

2007-09-08 21:35:06 | 映画
『新・七つの大罪』(1962)フランス
とうとうトランティニャン出演作も尽きたか・・・キリスト教の教えを題材に撮られたオムニバス。

第一話:「怒りの罪」(憤怒の罪)シルヴァン・ドム
やたらと明るくていい夫婦たちが、スープにハエが入ってることから大ゲンカ。大量のスープが流れ出すシーンはシュール。

第二話:「ねたみの罪」(嫉妬の罪)エドゥアール・モリナロ
ホテルのオーナーとデキてるメイドは滞在中の我儘放題な女優をうらやむが、すり変わってみたとて幸せになったかといえば。。

第三話:「大食の罪」ダニエル・ボーランジェ&フィリップ・ド・ブロカ
やたらと大食いな家族は大食いだった祖父が消化不良で死んだ葬式に行くにも食べてばかり。ほとんどコントに近い。こんな面白い家族がいたら楽しいじゃないか。

第四話:「色欲の罪」ロジェ・ペルフィット&ジャック・ドゥミ
こちらがトランティニャン出演作。画家の彼はボッシュの本を買って、やたらと女のコに声をかけまくる友人をたしなめるつもりで、少年の頃「色欲の罪って何?」て親に聞いて叱られた話をする。辞書で調べて「肉欲に溺れ・・」で肉屋さんのことだと思うところがかわいい。そしてここでもトランティニャンは惚れ惚れする美しさ(無精ヒゲもステキ
画家が熱く語るヒエロニムス・ボスもかなり好みな感じ。

第五話:「怠惰の罪」ジャン=リュック・ゴダール
なんでも面倒くさくなった監督。靴のヒモを結ぶのにも「100万出すからある仕事をしないかい?」てな具合w

第六話:「高慢の罪」ロジェ・バディム
夫は友人の妻と浮気。「誠実な妻には理解できないだろうよ」その誠実な妻も実は不倫中で駆け落ちをしようとしている。夫の浮気の電話を聞き、悔しいからと残って駆け落ちをやめてしまう。これは色欲じゃなくて高慢に入るのかな?

第七話:「けちの罪」(貪欲の罪)フェリシアン・マルソー&クロード・シャブロル
高級娼婦と夢の一夜を過ごす5万フランを作るため、貧乏学生は1人2千フランを出し合ってクジ引きをしたら、「一番ウブな」男が当たる。その話をあとで聞いた娼婦は感激してお金を彼の分だけ返す。

オムニバスは短時間で与えられたテーマを撮らなきゃならないからインパクトに走るか、
小話風にきれいにまとめるか工夫が必要だが、じっくり観たいときはどこか食い足りなさが残る。
それぞれ素晴らしい監督や役者が揃っているだけに、この話をもっと深く掘り下げて観たいなあってところで時間切れなのが惜しい。

いまカンタンに調べてみたら、「傲慢(Pride)」、「嫉妬(envy)」、「憤怒(Rurth)」、「怠惰(Sloth)」、「強欲(Greed)」、「暴食(Gluttony)」、「色欲(Lust)」が「伝統的な七つの大罪」らしい。外国の宗教は禁止するのが好きだからね。
そのうち生命が持つ自然な感情や喜びまで奪いかねないくらいだ。要は、なんでも過ぎるとよくないってことを言いたいのかな。

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『戦士の休息』

2007-09-08 15:12:04 | 映画
『戦士の休息』(1962)フランス/イタリア
原作:クリスチアーヌ・ロシュフォール 監督:ロジェ・バディム
出演:ブリジット・バルドー, ロベール・オッセン, ジャン・マルク・ボリー ほか

TSUTAYAから半額のメルマガが来たので、また仏映漁り。前回目につけてた今作を借りた。
以前も書いた『危険な関係』、『素直な悪女』を撮ったロジェ・バディム監督作品で、
『恋人たち』のジャン・マルク・ボリーが出演している!でも、ほんの数シーンだけだった。
そんなに期待もせずに観たけど、仏映に駄作なし。

story
父の遺産で贅沢な暮らしをして婚約者もいるジュヌヴィエーヴ(難しい名前だ・・・
今度は叔母の遺産の整理に出かけた先のホテルで部屋を間違えて開け、自殺未遂の男
ルノーを助ける。行くあてもない彼を叔母の家まで連れ、彼のどこか投げやりだが、
常識に縛られない自由で正直な魅力に強烈に惹きつけられてしまう。
ジュヌヴィエーヴはお堅いお嬢様から一変。部屋には得体の知れない人々がたむろす。
「ただ側にいて欲しい」とひたすら信じるジュヌヴィエーヴをルノーも次第に愛するようになるが、
その表現が歪んでる。「普通の男みたいに働けばいいかい?」と書きはじめた探偵小説もおざなり。
酒を浴びるように飲み、娼婦を買おうとする彼に「どちらかを選んで」と迫るジュヌヴィエーヴ。
戦友だったというパパはフィレンツェに行くといい、ルノーも連れていこうとするが帰ってこない。
ジュヌヴィエーヴはパパの元で過ごしながら、自分の愛し方、生き方が変わったことを知る。


「嫉妬とは自惚れの純粋な形だ。傷ついた自尊心。」
映画は、それを撮った監督や脚本家、演じる俳優、その他大勢の作り手それぞれが信じる哲学や、自分が美しいと思うもの、嬉しい・悲しいと感じる事柄なんかについて第三者に表現する
手段だと思うけど、今作でロジェは、自分の「個」と相手の「個」を尊重する愛の形について提案したかったんじゃないかな。

「今、自分の為に生きる強さがある。私の為に行動し、私の為に愛する。」

彫刻家の恋人がビョークに似てたな。
音楽はミシェル・マーニュ。ジャズ、その他ステキな音楽が映画を素晴らしく彩っていた。
当時、監督の妻だったBBをとにかく美しく撮っている。
ラストの風の中で聖母のように立つBBも本当に美しい。
「空(カラ)の自由はもう沢山だ。手錠をかけて、人間として生きさせてくれ!」
フィレンツェの廃墟から高く青い空にうつるカメラワーク。ひらけた空が美しい。


でも。。彼女が大金持ちじゃなかったらこの話はどう変わってたかとふと考える。
お金がなかったら、彼が部屋でも外でも酒ばかり飲んで帰ってこなかったり、
部屋に怪しい仲間を招き入れて毎晩パーティ状態、友人に100万の小切手をあっさり渡したり、部屋のモノを勝手に壊したり、汚したり、果ては彼女のお金で娼婦を買ったり。。
自由でワルくて魅力的に見える部分も金に困ってたらシャレにならないし(あれ?興ざめ?苦笑


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