花好き・旅好き80代北国女性の日記(ブログ開設18年目)

趣味はガーデニングと家庭菜園、外国旅行だが、新型コロナ禍と膝の不調、円安が重なり、今は外国行きは見合わせている。

女性の年齢の見られ方

2024年09月21日 | 高齢期の生活全般

gooブログの投稿『団塊シニアのひとりごと』にあった記事をきっかけに、私も「人からの、年齢の見られ方」について、今まで私が学んで来た事を基にして考察して見た。

かって「家父長制度」があり、男尊女卑の風潮が長く続いた日本では、男性は年齢よりも上に見られる方が良く、反対に女性は若ければ若いほど良いと思われた。

それは男性が働いて家族を養い、女性は家の中で育児と家事、高齢者の介護に専念するべきだという根強い社会通念があったからだ。

だから男性から見て女性は、できるだけ従順で御しやすく、「可愛くて、馬鹿な女ほど良い」と言われたり、出産能力も高いできるだけ若い方が良かった訳だ。

こうした女性を一人の人格を持った対等な人間と見ようとしない考え方は、大正時代になって「サラリーマン」家庭が誕生し「専業主婦」として生きる女性が多くなると、一層顕著になったといわれている。

しかし、男女が共に協力して働く商業や農業の家庭では、古くから女性の立場はもっと認められていたのではと思う。

外で働けずに家庭に閉じこもらざるを得なかったから、女性が経済力を持てなかった「男尊女卑」の社会では、男性側が結婚する相手の女性を主体的に選ぶわけだから、女性側もそれに応えて当然少しでも若く見せたいと思う様になる。

しかし、第二次世界大戦中に、図らずもこの女性観は崩れた。

多くの女性が「銃後の守り」としての責任を余儀なくされ、家業を担い、また武器生産にも駆り出される中で、男性に変わる働き手としての役割を果たした。

反面では「肉弾」の生産者として「産めよ、殖やせよ!」と国家から多産が奨励され、肉体までもが国家から管理された。

終戦後「高度経済成長時代」を迎えると、徐々に高学歴の女性も増え、結婚しても働き続ける女性が増えた。長い間、女性に門を閉ざしていた企業が女性の働き手を求め、多くの女性が社会的な労働に従事するようになった。現在では「専業主婦」よりも、結婚後も共働きをする女性の方が多くなったという。

しかし、その一方で、家庭責任も負っていた女性は「フルタイム」ではなく、「パートタイム」の働き方を選ぶ人が増えた。

「パートタイム」は、結局、景気次第ではいつでも都合良く失業させられる「景気の調節弁」の役割を担わされた。

一方、国際的な影響を受けて1985年「男女雇用機会均等法」が制定され、働く女性に対する「セクハラ」も問題視され出し、近年では「パワハラ」も犯罪になった。

所が30年ほど前からだろうか、若い女性達の中から極めて日本的な「可愛い」のブームが起き、何に対しても「可愛い」かどうかで評価するようになった。欧米なら「大人っぽいかどうか」で若い女性を評価するというのにだ。私から見て、これは歴史的には時代の反動とも思われた。

またこの数年、マスメディアから「アンチエイジング」という言葉が叫ばれるようになり、そのための多様な高額化粧品が売り出され、整形手術業界も活性化しているという。今やマスメディアと組んで「アンチエイジング」に関わる業界の大きな利益追求が起きている。

今私が考えるには、本来女性は、家庭や社会で男性に従属する立場ではなく、一人の個性を持った人間として対等に尊重・評価される事が望ましいと思う。

だから、女性の「見え方」も「年齢より少しでも若く見えるように」外見を取り繕うのではなく、「年齢に応じた」「自然」で「無理のない」見え方、「清潔感」があり「健康的」で「個性的」な「見え方」が一番ではないかと思うのだが、いかがだろうか。

因みに年齢は、その人の人生、生活、職業などの長さなので、私は今は年齢を表明することに恥ずかしさは余りない。

年齢を重ねて来た人生の中で、多くの事に挑戦して失敗や挫折、成功を経験し、人間としての生活力、知恵、コミュニケーション力などを幅広く深く得て、喜びや悲しみ、挫折感、達成感も味わって来た筈だと思うからだ。

その意味では反対に若かった頃の方が、何事にも未熟だと自覚させられて恥ずかしかった。

また、服装は、常に「身ぎれい」で、「TPO」に合わせた服装が一番大事だとと思う。

私自身は、仕事を退職してからは庭仕事が中心なので、服装はいつも「汚れても目立ちにくく」「汗を吸い」「洗濯しやすい」。「害虫から肌を守り」「動きやすい」事が大切だ。だから必然的に長袖・長ズボン・作業手袋にサングラス・麦わら帽子・長靴、そして首にはタオルのスタイルが定番なのだ。だから日常の服もこの延長線上の物になる。

色々な物の選び方も「可愛さ」で選ぶのではなく、「品質」と「安全性」「機能性」を第一に、「デザインや外観」は第二に選びたいと思うのだが。

 

 

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5年ぶりの墓参り

2024年09月21日 | 日記

今月の23日は私の母の命日で、亡くなってから53年になった。私が最後の面倒を見た伯母も入っている墓だ。

コロナ禍で外出や人との接触を避けて来たため、5年ぶりの墓参りだ。

妹を誘ったが、体調が思わしくないということで、昨日、庭にさいているダリア、秋明菊、菊、アルストロメリアなどの花を沢山摘んで、私一人で午後12時半に故郷に向かった。

自宅からの距離は42km。車で50分だ。

国道は混み合うので農道を走った。両側に続く田んぼは、まだ刈り取られずに残っている稲もあったが、気温が高かった今夏だったからか、または米不足で先月から米が史上最高値になっているせいか、既に収穫を終えた田んぼが多かった。

問題なく墓に着いた。私の祖父になる人が大正時代に建てた古い墓なので、5年の間に傾いたり崩れたりしなかったかと心配だったが、大丈夫だった。

また、管理者の市が敷地全面に芝を張っていて、それが綺麗に刈られて整備されていたのには感激した。

持参した果物、菓子、ビールや花を供え、線香を焚いて手を合わせた。

伯母が建てた墓碑には、全部で6人の戒名と母の俗名が刻まれている。(私の母だけは、戒名はあるが刻まなかった。戒名は仏の弟子になるための名だというが、大抵は亡くなってから付けられるので、もしもあの世があったとして、そこで戒名で呼ばれても、母は自分だと分からないに違いないと思ったから、俗名だけを刻印して貰ったのだ)

昨日は特に、ご先祖が私達子孫を見守ってくれているように感じた。

帰りにお供え物の一部を管理棟にいた管理人に差し上げた。

途中の町の農産物直売所に立ち寄り、友人にもお裾分けしようと大きな「カボチャ」1個と「紫玉葱」2kgを買い求めた。

昨日は午後から気温が徐々に下がり、行きは19度程度だったが、帰りは17度と寒いほどで、もう25度以上の夏日は来ないだろうと思った。

とにかく墓参りができてホッとした。

   

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認知症になって亡くなった「長谷川和夫氏」の本を読んで

2024年09月18日 | 高齢期の生活全般

彼は1929年に愛知県に生れ、東京慈恵会医科大学を卒業し、認知症専門医になって研究を積み、1974年に「長谷川式簡易知能評価スケール」を開発した。これは世界で初めて開発された簡易検査スケールで、今も日本中で使われている。

また、それまで使われていた「痴呆症」という言葉を「認知症」という言葉に置き換えた医師でもある。

しかし、2017年に自身が認知症である事を公表した。

この本「認知症でも心は豊かに生きている~長谷川和夫100の言葉」は、認知症になった自身の体験を踏まえながら、認知症という病気についての理解を求め、患者への接し方が書かれている。

今や世界一高齢化が進んでいる日本で、平均寿命の延びに伴って認知症患者は増加しているが、誰もが認知症になる時代(90歳以上では2人に1人がなる)に、家族やその周りの人達、そして社会が、認知症患者に寄り添い、共に生きるようになって欲しいと彼は望む。

彼ら認知症になった人達は、記憶力、認知力は衰えても、感情、自尊心、個性は失われない。最後まで一人の人間として愛され、尊重される事が大切だと訴えている。

長谷川氏は、2021年11月13日、92歳で老衰のために死去した。

この本は、読みやすく、説得力がある良い本だった。

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「敬老の日」の私の心持ち

2024年09月16日 | 高齢期の生活全般

今日は「敬老の日」の祝日だ。

私も80歳になってから、ようやく自分も高齢者だと自認するようになった。多分、自動車免許取得で義務づけられた「高齢者講習」を受けるようになった事と体力的な後退を実感するようになったためだろうと思う。

先日、久し振りで市立図書館に行った。何冊でも2週間借りられるので、写真のような本を借りた。

これまでにも「和田秀樹氏」の著書は何冊か読んだが、今回は写真の上の黄色い本2冊を借りてきて読み終えた。

遺体の解剖を多く手がけてきた著者の「死ぬまで一人暮らし」を読んで、特に大いなるエールを送られた。

「人は一人で生れて来て、一人で死ぬ生き物の仲間なのだ」という。そして多くの人の死の直前は、決して苦しいものではないと書かれている。今は良い鎮痛薬もあるので、例え2人に1人がなるという「癌」で死ぬとしても、痛みを感じることも少なくなって来ているらしい。

しかも幸いにも日本には公的な介護保険体制があるので「地域包括センター」と繋がっていれば、在宅でもヘルパーや訪問看護の利用につながり「孤独死」で何日も放置される事は珍しいという。

私も数日後に満81歳を迎える。

61歳の時に「乳がん」を自分で見つけ、札幌の国立病院で手術した。

医師から手術時の細胞検査の結果、「あなたのは再発・転移しやすいがん細胞なので、気を付けてください。」と言われた。

その後の精神状態は不安で酷く落ち込んだが、やがて、そんなに長く生きられないのなら、自分がしたいことを恐れずにしようと思い立った。勿論、外国旅行や庭仕事、登山などには、全て医師の了解を貰ったが。

先ず停年前に買ってあった100坪の土地に長い間温めて来た気密性、断熱性が高く、各室には収納がある。私が車椅子生活になったとしても不自由なく生活でき、家族が1度に集まっても窮屈ではない自分なりの理想の家を建てて退職金を使い果たす事、停年までに作った貯金を使って、まだ行っていない国々を訪れる事、家を建てたら体力維持のためにも好きなガーデニング、家庭菜園で日々適当に身体を使い、半年近くは自家製の無・低農薬野菜を食べて、市販の野菜や加工食品の利用をなるべく少なくする事、「薔薇」などの花々が冬を除いて何かしら常に咲くような庭を造る事などを目指した。

「先の幸せよりも、今の幸せ」日々自分なりに充実した生活を送ることを目標にしたのだ。この本を読むと、この考え方は著者とも同じだった。

癌の治療後、そんな生活をしていたら、やがて20年を迎える迄になり、一昨年3月の定期検査では医師から「もう病院に来なくて良いです。」と言われた。

しかし、「新型コロナ」下の「巣ごもり生活」でもう5年以上旅行もしなくなり、今年になって体力の衰えも感じ始めた。

しかし、過日、市内の農協で行われた「余り種のバーゲンセール」に行って、写真のように来年用の野菜の種を沢山買って来た。1袋250~500円する種が、すべて110円だった。

    

今年も家庭菜園で20種類以上の野菜を種から苗を作って育てた。

家庭菜園では自分の体力に合わせて仕事ができ、種を蒔いてから数ヶ月間、植物毎の生育を観察しながら、それぞれに合わせた施肥や間引き、剪定などで頭も使うので「脳活」にも役立つ。そして収穫の希望と喜び、幸せを感じる事もできる。また、知人達に収穫物をお裾分けでき、交流するのも嬉しい。

昨日は庭の方で声がするので見ると、近くの「グループホーム」の入所者さんがヘルパーさんと花を見に来ていて「綺麗だね!」と大きな声で話していた。何でも私の庭がその施設の「散歩ルート」に入っているそうだ。

また、近くにある「保育所」の子供達も行列して庭の前を通り、花を見てくれている。

これからまだ暫く生きられそうなので、持病の「高血圧症」「糖尿病」と上手く付き合いながら、楽しく生きて行きたいと思っている所だ。

数日前から気温が下がって来てぐっすり眠られるようになり、気分も良い。今日からは残りの本を読む。

 

 

 

 

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運転免許を更新する

2024年09月13日 | 高齢期の生活全般

今月は私の誕生月で、もうすぐ満81歳になる。

先々月と先月の2回、案内が来たので、「後期高齢者対象の講習」を地元の自動車学校で受けた。1回目の「認知機能検査」は82点だった。

試験官は「34点(私の記憶では)取れば合格です。それ以下だった人に対しても免許の停止はしません。認知症検査をする医者を紹介します。医者が認知症ではないかと診断しても、『免許を返納したらどうですか。』と進言するだけです。」と言うようなことを話したので少し驚いたし、そんな人が沢山公道を運転しているのかと思うと、凄く心配になった。

2回目は「目の動態検査」などを受けたが、私の検査結果は年齢的に「普通」だった。最後の「運転技能検査」もほぼ問題が無かった。最後に「後期高齢者講習の修了証」を渡された。

それで4日前に「修了証」を持参して札幌の「運転免許試験場」に行った。視力検査を受けた際、「目の手術をしたので「眼鏡使用」の条件を外して欲しい。」と申告。視力検査後、外された。「多焦点レンズ」の威力を感じた。

写真撮影を受け、間もなく新しい3年間有効の免許証が交付された。

この間、僅か15分だった。

暑い中帰宅したら緊張が解けて疲れがどっと出た。新しい免許証を得て、引き続き3年間、安全運転をするつもりだ。

 

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8月の庭仕事(7)若い人達がじゃがいもを掘りに来た

2024年08月12日 | ガーデニング・家庭菜園

12日振替休日の11時頃、若い人が私を呼びに来た。暫くぶりの来訪だ。すっかり葉や茎が枯れたじゃがいも「はるか」を掘りに来たのだ。

昼には、当地の気温が今年最高の33度以上にもなったらしい。何でも午後にお盆の墓参りで祖母に当たる私の友人と一緒に行くために、この時刻に来たらしい。

もう一人の若者は東京から来た友人を連れて来ていたが、その人は「この程度なら、全然暑さを感じない。」と言っていた。東京の猛暑に慣れている人の言葉だった。

一人の若者の2歳の男児も傍に来ていて、掘り返した土の中から出て来たミミズやオケラ、ダンゴムシ、蟻をしゃがんで珍しそうに見ていた。まだ話す言葉は良く分からないが、足はしっかりしていて、炎天下でも楽しそうだった。

彼らは「じゃがいも」を掘った後、1時間ほど乾かし、段ボールに入れて持って帰った。

ついでに、すっかり枯れた「エンドウ豆」を片付けて貰った。完熟した鞘が付いていたので、来年の種にするため、中から豆を取り出してもらった。

色づいた「トマト」や大きくなった「サラダ菜」「シシトウ」「ピーマン」を収穫したり、「トウモロコシ」に追肥をして貰った。

私から、「せめて1週間に1度は来られる人が野菜の状態を見に来て、必要な作業をして欲しい。」と頼んで置いたが、彼らの週末には他に楽しい事が沢山あるので、来るのがなかなか難しいのも分かる。だが、種や苗を植えた以上は、植物に責任があると思うのだが。

 

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8月の庭仕事(3)来年のために、今年の余り種を買う

2024年08月06日 | ガーデニング・家庭菜園

近くの「農協ストア」が、春先から売って来た種で売れ残った種を1袋110円でバーゲンセールしていることを昨年知った。7月末だったので、時遅く、私が買うことができた種は13袋だった。

発芽率は少し下がるが今年使用してみた所、まあまあの発芽率だった。

そこで今年は早めにストアに足を運び、7月中旬の売り出しを逃さぬように店に通い、元々の価格が300~600円した種を110円で買った。

勿論、残り物なので、欲しい種が無かったり、種の品種を選ぶことはまずできないが、私が野菜の栽培経験を広げるための実験だと思っている。もし失敗しても、惜しくない価格だから問題はない。

「トウモロコシ」の種も欲しいのだが、沢山あった種が数日前に棚から一斉に無くなったままセールされないのだ。何故だろうか。店員に聞くと「余らなかったから。」という返事だ。はて?

  

とにかく今春と同じく、来春もまだ雪が降る3月になったら室内で「セルトレイ」に順に種を蒔き、苗を作って雪解け後の4月下旬~5月に菜園に植え付けたいと思う。勿論、直まきの野菜は、その適期を待って種を蒔く。

今年同様、できた大中小の「トマト」の苗は友人宅と若い人達に、また、「シシトウ」「枝豆」などは若い人達にお裾分けして、一緒に野菜作りを楽しみたいと思っている。

今春は気温が低かったので無加温での苗作りは難しい物があったが、野菜の一生を自分の目で見、収穫できる喜びは大きいから、来春も工夫しながら頑張ろうと思っている。

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8月の庭仕事(2)秋冬野菜の種まき

2024年08月05日 | ガーデニング・家庭菜園

一昨日、耕して石灰を撒いて置いた庭の菜園に、昨日、秋野菜の種まきをした。

先ずは「ホウレン草」の跡地に「山東菜」を蒔いた。

次に「白菜」の跡地に「ホウレン草」と思い、石灰を足してから種を蒔いた。所が蒔き終わってから手に持っていた種の袋を見てギョッとした。間違って「青梗菜」の種を蒔いてしまったのだ。大失敗した。

果たして「青梗菜」は、アルカリ性でも発芽するかどうか、様子を見るしか無い。もし発芽しなければ「ホウレン草」を重ねて蒔こうかな。

その横は、先日まで「大根」を育てていた所だが、そこに改めて「ホウレン草」の種を蒔くべく石灰を足して種まきをした。

振り返れば、朝の食事前の仕事は意識程度が普段よりも低く、少しボーッとしていたように思う。こんな蒔く種の間違いは初めての事なので、我ながら驚き、今後は種の袋を良く確かめてから蒔こうと誓った。

   

昨日朝の収穫だ。「隠元豆」は毎朝の収穫を数日間友人達にお裾分けした来たので、久し振りに自分の物にして、人参と一緒に「キンピラ」にした。美味しかった。

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8月の庭仕事(1)カサブランカ・芙蓉が咲き出す

2024年08月05日 | ガーデニング・家庭菜園

あっという間に8月だ。当地7月は、30度を超した日は数日しか無く、折角新設したエアコンも2~3回数時間使っただけだった。昨夜からは夜も窓を開けずに快適に眠られる。

7月は上旬に睡眠の不調が続き、「帯状疱疹」になったが軽く済んだ。

「白内障」の手術後2ヶ月を越したので、先日地元の眼科に行った。傷の開腹状況など順調なので、もう目薬は手元に残っているだけ使え切れば良いと言われて安心した。

数日前から朝から蝉の声が賑やかだ。

土手に植えてある「カサブランカ」と「芙蓉」が開花し始めた。「カサブランカ」は、周辺に芳香を放ってくれている。

昨日は、友人がお盆のお参りに坊さんが来ると言ったので、「カサブランカ」「アルストロメリア」、咲き出した「ダリア」などの花を束にして届けた。百合は1本だけでも豪華な雰囲気を持つから、差し上げた方々には喜ばれている。

今まで3種類ほど「芙蓉」を植えたが、枯れずに毎年発芽して花を見せてくれるのはこれだけになった。花が大きいので存在感があり、次々と咲くが1日花だ。

    

 

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最後の白菜を甘酢漬けに

2024年08月02日 | 医療・健康・食生活・衣生活

昨日、菜園に残っていた2株の白菜を収穫した。その内の1株でこの時期でも保存ができる即席の「甘酢漬け」を作ることにした。

先ず「白菜」と手元にあった「キュウリ」「人参」を刻んだ。量が多いので、それぞれをジッパー付きの大きい袋に入れた。計量後、高血圧症の私が好きな低塩分量でも美味しい味になるように計算して塩を加え、一晩冷蔵庫に入れて置いた。

 

今朝、冷蔵庫から取りだして塩味が良いかどうか確かめ、軽く水を切ってから1つのボールに入れて混ぜ合わせた。そこに適当量の砂糖と酢を入れて混ぜた。こちらの調味料は、いつも目分量だ。

味を見てから小さい幾つかの袋に分け入れて、友人達に差し上げようと思っている。

     

  

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7月の庭仕事(14)今朝の収穫

2024年07月31日 | ガーデニング・家庭菜園

この所、パリオリンピックでの日本人選手達の大活躍が報じられ、完璧な競技の取り組みに驚いたり、胸を熱くしたりしている。彼らはこの日のために長期にわたって技を磨く努力をして来たからこそ、今があり、人を感動させる力が漲っている。

全ての人が選抜された彼らのようにはできないが、せめて仕事や生活に真摯に向き合い、一歩一歩より良く向上させようとする努力は大切だと思う。


私の今朝の収穫は写真の通りだ。2日間降った雨のお陰で、野菜達も元気に育ってくれている。

左下は「青南蛮」だ。急に育ち、大きい物は12cmもある。

「モロッコ隠元豆」は毎日20本以上収穫している。鞘に虫が付きだしたので、何とかしたい。

「トマト」は、「カルシュウム剤」を追肥したので、「尻腐れ病」は出ていない。

  

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またまた「帯状疱疹」になる。

2024年07月24日 | 医療・健康・食生活・衣生活

「帯状疱疹」は、体内の神経組織に潜伏している以前患った「水疱瘡」のウイルスが、免疫力が低下したりすると活性化して、ひどい神経の痛みを発し、やがて普通は身体の左右どちらかの胸部や腹部、腰部、顔面、足などに発疹が出て、痛みや痒みが感じられる病気だ。

以前は、一度かかったら二度はならないと言われていたらしいが、そんな事は無く、私は今回で、恥ずかしながら6回目なのだ。振り返ると出産後や退職直前、真夏日の庭仕事や多忙な日々が続いた後などに発症した。

考えて見たら今回は、急に気温が高くなり出した頃から熟睡できず、睡眠時間が3~5時間と言う日が数日続いたのが引き金だった様に思う。

初めはこんな場所にほくろがあったかなと思った右胸の1個の黒い発疹に気がついた。また、買い物で重い荷物を車まで運んだために右腕が上がらないのかなと思う事もあった。

所が翌朝、通常とは違う内部から突き上げるようなビリビリとする傷みが数時間出た。何度も経験している痛みだ。肌を見たら赤い発疹が増していた。

直ぐに病院に行きたかったが、時刻は土曜日の午後で、すでに皮膚科は休診だったから、前回貰って余っていた「抗ウイルス薬」を飲んで月曜まで凌いだ。

一昨日皮膚科に行き、「帯状疱疹」になったようです、と告げた。

医師の診断後、前回と同様の薬が7日分という処方箋が出た。(以前は「トリカブト」由来の薬が出ていた事もある)

薬局で薬を受け取ると随分高額だ。領収書を見ると1錠に付き1177円の薬を1日2錠、7日間飲むのだ。私は医療保険の適用があって○割負担だが、普段飲んでいる薬と比べると高額だ。

医師は「7日飲むとウイルスはいなくなります。」と言った。

        

看護師が来て、「患部は冷やさずに暖める方が良く、エアコンには当たらない方が良い。水疱瘡になったことがある人には感染しないが、なったことが無い人には感染する場合がある。入浴しても良い。」などと説明してから、患部に塗る抗生物質入りの軟膏を塗ってくれた。

待合室に顔面に出たと思われる女性が座っていた。どこに出るかは運次第の様だが、私は今回も顔では無く腹部だった事に感謝した。

早く気がつき服薬したので、今は傷みは無く、赤い発疹が出ている状況だ。しかし、なるべく人には会わない方が良いと思って、家で静養している。

高齢者の場合は後遺症が出て長引く人も多いらしいので、気を付けたいと思っている。今ではワクチン接種もあるようだが、私はしないつもりだ。

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奥まったベランダの効用

2024年07月24日 | 暮らしと住まい・耐久消費財

1~2階にある我が家の「ベランダ」は、私が以前住んでいたマンションの広い「ベランダ」が気に入り、平面図を書いて建築業者に建築を依頼した際、奥行きを135cmにした。

経験上、洗濯物を干したまま日中外出して途中で雨が降って来たとしても、風が強くない限り余り洗濯物は濡れないから、フルタイムで働いていた時は助かった。

今は1~2階とも屋根が付いているので、雨天時に解放していても雨が室内に入ることがほとんど無いのである。

この所、北海道の夜も25度以上の気温になる事が増えたが、夜中に雨が降って来たとしても雨は入り込まないので、1階は防犯上閉鎖するが、寝室がある2階のベランダの戸は、夜中も安心して解放したまま涼しく眠れるのだ。

昨夕から断続的に雨が降っているが、屋外の気温は25度なので、この2カ所だけは解放したままで過ごせるから屋内に微風が入ってきて気分も良い。

また、南面しているので、「ベランダ」を通して広い庭の様子も、庭の向こうの住宅街の交通状況も見通す事ができる。

  

床下は空洞になっているので、冬期の除雪用具や大小のプランターなどを収納している。  

             

この写真では、虫除けネットを通して10株の「トマト」と、左端は花が咲き出した「ゴーヤ」、不織布を掛けている「白菜」が見える。すぐ前の花壇には「立葵」「薔薇」が見える。後方が道路だ。

 

       

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7月の庭仕事(9)一番花の花がら摘み後

2024年07月16日 | ガーデニング・家庭菜園

初めて庭に大量に咲いた「薔薇」の花だったが、先週中は最盛期を過ぎた花殻摘みに追われた。摘んだ花殻と終わった「水仙」や「アヤメ」の花の茎は、毎日大きいバケツ2杯以上になり、とうとうコンポストも一杯になった。

鋏を握った指にタコができて痛い。

「薔薇」の花は少なくなったが、摘んだ茎の下に脇芽ができ、二番花が咲き出してきた。

   

今年は不思議な事に今まで「アブラ虫」が全くいなくて嬉しかったが、昨日、満開のこの「クレマチス」に真っ黒い「アブラ虫」を発見した。薬を噴霧して置いた。 

4種類ほどある「カキツバタ」や「アヤメ」の花は終わってしまったが、今この1種だけが咲いている。矮性なのか背が低く、花は大きい。

     

昨年「白花」が咲いた「立葵」の場所に、今年は「赤花」が咲いた。放って置くと1m80cm程にも高く伸びるので、1週間前に芯を摘んだ。

         

 

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ショルダーバッグとTシャツをリユースに

2024年07月10日 | 暮らしと経済・経済生活

菜園の地主である友人と話していた時、彼女から「大きさが丁度良いリュックサックが欲しい。」という話しが出た。私は登山をしていたし、外国旅行にも数多く行っていたので、「リュックサック」や「ショルダーバッグ」はその都度必要に応じて買い、沢山ある。

そこで友人に、私のバッグ類を見て貰う事にした。

翌日、中型「リュックサック」1個と「ショルダーバッグ」大小6個を持参した。

リュックは、私が癌になった時、11月下旬から年末に掛けて雪が降る中、毎日「放射線治療」のためにJRに乗り、片道25分、徒歩で通院した際、貴重品を背中側に入れられる袋が付いているのを探してやっと見つけて買った黒色のもので、財布や通院券などを安心して持ち歩けた。友人は気に入ってくれて、欲しいという。

さらに小型のピンク色のショルダーバッグは、色と大きさが良いので、通院の際に使いたいとも言ってくれた。

他にも外国旅行の際に使用した大きめのショルダーは、生れて半年になった赤ちゃんがいるお嫁さんが使うのに便利そうだという。

結局、どれも欲しいと言われて驚いたが、私としては使わなくなったバッグ類を利用して貰えるなら実に有り難く、7個全部差し上げた。


また、この数年、私の体重が増えてサイズが小さくなってしまった「半袖Tシャツ」を沢山しまい込んであった。

どれも数回ほどしか着ておらず傷みが少ない。それにほとんど綿100%なので、吸湿性も肌触りも良く、真夏には素肌にも着られるものばかりなので、捨てるのが惜しい。だからといってタンスにしまって置いたままでは繊維が劣化するし、デザインも古くなる。

それで、着られそうな痩せ型の知人に声を掛けて見た。

物を見てくれるというので家に来てもらい、改めて洗濯してハンガーに掛けて置いたものを鏡の前で1枚1枚試着して貰った。

結局掛けてあった17~18枚の内、13枚のTシャツを着ると言ってくれたので嬉しかった。一荷物なので、帰りは彼女の家まで車で送って来た。

まだ十分使える物でも、ゴミに出せば無価値だが、必要な誰かに利用して貰えるなら、物としての価値を更に少し引き延ばすことができる訳で、今回の経験は私にとって実に有り難く、嬉しい出来事となった。

考えて見ると、私自身がこの年になったので、後何年元気でいられるかなと思う事が増えた。だから、新しい物を買う際は、利用価値、費用対効果を吟味して買うかどうかを決める様になってきた。

多分、今回の92歳の友人も81歳の知人もそうなのだろうと思うと、高齢者こそお互いに「リユース」するべきなのかも知れないと思う。

 

 

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