花好き・旅好き80代北国女性の日記(ブログ開設18年目)

趣味はガーデニングと家庭菜園、外国旅行だが、新型コロナ禍と膝の不調、円安が重なり、今は外国行きは見合わせている。

豪雪地帯I市の記憶

2021年02月26日 | 暮らしと住まい・耐久消費財

3日程前から北海道の日本海側に雪雲が停滞して、JRが朝まで動けなくなったり、ホワイトダウンによる車の玉突き事故が起きているし、JRや航空機の運休数も凄い。

何よりも毎年、雪雲の通り道に位置するI市の積雪量がもの凄い。一昨日は195cmと報道されていたが、今朝は205cmに増えた。TV報道を見ると、歩道や車道を除雪した雪が道路の両脇にうず高く積み上がり、全く見通しがきかない状況になっている。

また、同じように雪は建物の屋根や車庫にも積もるから、そのままにしておけば建物が屋根の重みで潰れたり、車庫が潰れる被害も出る。農家が多いので、ビニールハウスの倒壊などもあり、豪雪は市民にとっては命の危険にさえなる。

私はこの町で高校時代まで過ごした。毎年の豪雪の記憶を思い出す。

昔は建物の断熱材など無かったので、屋内の暖房の熱が上昇して屋根から放熱し、屋根の雪が溶けるのだ。それが「つらら」になって軒先からぶら下がる。太くなると直径20~30cm、長さは1mにもなる。「つらら」の先は尖っているので、暖気になって落ちてきたらそれこそ危険だ。それで屋根の除雪をするのだが、母子家庭だったのでそれは私の仕事だった。

屋根の上から遠くを眺めるのは気分が良く好きだったが、除雪中、トタン屋根の上の雪が滑り落ちる際、何度も私自身も一緒に落ちた。当時は「命綱」等という言葉も聞いたことが無かった。後で振り返ってぞっとするのは、私に遅れて「スコップ」が落ちて来たことだ。運が悪ければ頭部に刺さったかも知れないのだ。

高校を出た後、私はI市の家を離れたので、その後の除雪は誰がしたのかと思っていたら、一昨年亡くなった伯母が来て、してくれていたそうだ。(母は妹にはさせず、祖母を通して伯母にさせたらしい。)

伯父と伯母は農家の大きい家に住んでいたが、大屋根の雪が鍵型の二方向から落ちて来て1箇所に集まる場所にガラス窓があり、軒先まで3mも積もる。それで除雪しなければ窓ガラスが割れる不安がある家だった。伯父と伯母が高齢になってからの数年間、その除雪を私が札幌から行って手伝った。今考えると、高齢の伯母に除雪のお返しをした事になったと思う。

膨大な雪は、春~夏には溶けて大地を潤し、水田や畑に実りをもたらし、生活用水を供給してくれる貴重な命の水だ。しかし、一気に降って積もるのはいい加減であって欲しい。冬の自然現象は、今年もままならない状況で心配している。

コメント (2)
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