霜後桃源記  

安心、安全と美味しさへのこだわり
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主役の妻は生産部長、夫は営業部長兼雑用係

祖父(=ドブロク)の思い出

2006-03-07 08:46:40 | 家族
ドブロクを語らずして田舎の暮らしは説明できない。昔は一関でも税務署のチェックが時々あり、折角作った酒を没収されるという「被害」が結構あった。もう既に家庭での飲用は合法化されたものと思っていたが、ドブロクを禁止した酒税法はまだ生きており、許可を得ないと密造酒となるらしい。

昔の話は時効だから許されるだろう。
三年前に96歳で亡くなった祖父は、ドブロクの愛好家だった。二十歳前に貧農に婿入りし、朝暗いうちから夜遅くまで身を粉にして働く毎日だった。学問とは無縁で知識もなかったが、物事の本質を見抜く力は持っていた。また、自分に厳しく、他人には思いやりを持って接する立派な人間だった。
これといった趣味も無く、煙草も吸わず、贅沢もせず、ご飯と味噌汁だけあれば構わないような質素な生活が身に付いていたが、唯一の贅沢がドブロクだった。
朝、昼、晩の食事の都度二合ずつ、いかにも美味しそうに呑んでいた。相好を崩し幸せいっぱいで呑んでいる顔が、愛すべきキャラクターの持ち主であることを証明していた。
流石に80代後半には体力が衰え、盃一杯の焼酎にペースダウンしたが、農作業は継続していた。晩年、寝込んでからも、家族へ負担をかけないよう配慮する凄い人だった。

オジサンは祖父の勧めで初めて飲んだお酒がドブロクだった。今でも、一番美味しいお酒はドブロクだと思っている。
もし、今、我が家でドブロクを作ったとしたら、酒好きな長女と父娘水入らずでノミュニケーションができたことだろう。
「今回のドブロクの出来は殊のほかイイね」ナンテ言ったりしながら…。


 ※写真は、今朝の栗駒山。富士山のようなスマートさはないが、オバサンもオジサンもこのマッチョな山を見て育った大切な山。記事の内容からはドブロクの写真が理想だが、作っていないものは撮影できない。残念、残念!
コメント (6)
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