穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

67:コロナ・スペシャル・セブン

2020-02-23 08:48:40 | 破片

「もうちょっと完成度を上げないとね」といきなり横から半畳が入った。びっくりしてみんながそのほうを見ると、彼らが話に夢中になって気が付かない間に新しい客が横のテーブルに来ていた。年のころなら五十前後か、禿げあがった前頭部からトウモロコシのように黄色く変色したのか染色したのか、ナノミクロン級に細い貧弱な髪の毛を後ろで簡易ちょんまげ風に束ねている。鼻の下には田吾作みたいな隙間だらけの口ひげを生やしている。

一見アーティスト風のフリーターというか、テーブルの上にはA5サイズのラップトップ・パソコンを広げている。勝手に話に割り込まれるのが嫌いな長南さんは振り向いてギロリとその男を睨みつけた。

一座は彼の発言が話題になっていたバカボンと関係があるのかどうか判断が出来ないので、その男の次の発言を待っていた。

一見アーティスト風(以下A)が続けたのである。「完成度というか操作性の向上と言いますかね。マイクロソフトがよくやるように未完成のOSを大慌てで売り出すようにね」

長南さんはブラウスの胸ポケットから葉巻を一本とりだすと、どうしたものかというように困惑した様子であった。皆様ご案内のように葉巻には(正統派のというか伝統的な葉巻には)吸い口を切っていない。初めて葉巻をやるらしい彼女はしばらく躊躇していたが、意を決したように一方の端を口に突っ込むと馬のような前歯で噛み千切った。そして噛みカスをペっとAのほうへ吐き出した。噛み滓は男のパソコンのキーボードの上に舞い降りた。おことは命より大切なパソコンを守るように慌ててそのカスを手で振り払った。

「コロナ・スペシャル・セブンだな」とそれを見ていたJSが言った。「たしか市販されていなかいはずたが」
「親父の書斎からくすねてきたのさ」と彼女は答えた。「親父は葉巻なんて普段は吸わないからどこかの晩餐会でお土産にもらったものらしいわよ。そんなに貴重なものなの」
JSは若干細身の樺色に緑色のブチが混じった葉巻の胴体を見ながら、「南米の某国が独占しているらしい。外国の賓客用と聞いたことがあるな」
彼女は戸惑ったように葉巻を見ていた。CCが気を利かせてライターをとりだしたので彼女は葉巻を咥えるとライターのほうへ先端を近づけた。彼女は一口吸い込むと二秒ほど煙を咽頭部と肺の上部で味わった後、太い鼠色の固い柱のような煙をAに吹きかけた。びっくりしてアーティスト風の男は口を開けてみていたが、彼女の発射した煙の柱は彼の口の中に入り喉チンコに命中した。男は絞殺された豚のように咳込んで悶絶した。