「ご疑問はごもっともなれど」とCCは言った。「とにかく湾岸地域の高層マンションの周りで吹く風は狂暴でしてね。しかも風が巻くんですね」
「竜巻みたいに」と長南さんが憂い顔ですこし語尾をあげた。
「そうそう、だから管理事務所が住民に隔壁にひびが入りませんでしたか、としょっちゅう聞いてくるそうですよ」
「赤ん坊なんかは空に舞いあげられるの」と長南さんは本当に心配しているようであった。
「さあ、一人で置いておかれたらそうなるかもしれませんね」
ママが身震いして顔をしかめた。
「とにかくドアの風切り音が鳴りやまないんですから」
「風切り音って」
「風が強い時にドアがガタガタとゆすぶられるようになる時があるでしょう」
「しかし、ああいうマンションは全部中廊下だろう」とJSが疑問を呈した。
「もちろんです。その仲の廊下に面したドアがみんなガタガタいうわけですよ。それでね、颱風の時にはひときわそれが激しい。ああいうマンションは設備が最新式でしょう。防犯設備も各部屋に最初から設置されている。勿論ドアにもです」というとCCはコーヒーを啜った。
「ところがね、勿論センサーで監視しているわけだが、この設定が非常に厳しかった。というより厳しすぎた。台風の時に防犯ベルが一斉に発報したんですよ。驚いたのは警備室です。とにかく数百戸の部屋の警報が一斉に不審者侵入を発報したんだから」
「そりゃ面白れえ、壮観だったろうな」とJSは現場を見物できなかったことが残念でならないようであった。
「それは千所帯ちかい住居が入っているわけだから防災センターにも大勢警備員はいるが、全部の部屋に対応することなど出来ない。とにかく一斉に警報が喚きだしたので、どうしたらいいか分からない」
「そうだなあ、センサーの感知レベルの設定が難しいね。緩くすれば本当に侵入者があった時に役にたたないわけだしね」
そうすると、引っ越しは早くしたほうがいいな、と第九は思ったのである。
それで警備員はどうしたの、と長南さんは聞いた。
「警備員が全員飛び出してめくら滅法にドアを蹴破って、失礼、合いかぎで開けてということですが、部屋に踏み込んだそうですよ」
それは昼間のことかい、とEHが念のために聞いた。
「いや、深夜二時ごろだったそうです」
「そりゃ住民も驚いただろうな」
この話も洋美にしてやらなくちゃと思った。