ジャパニーズ・サンダル顔(下駄顔)老人JSの声は興奮とともに段々大きくなった。ママと話していたちょんまげ男のロバのように大きな耳がピクリと十五度ほど老人のほうへ動いた。
「びどいシャベツですぜ。シャベツの極まれるところだな、老人に対して。女性シャベツなんていうとマスコミなんかが豚みたいなピーピーという威嚇するように喚くのにな」
「シャベツというのは差別のことですか」と一応第九は確認した。
老人はジロリと彼を睨みつけると、唇に浮かんだ唾を長い舌を出して舐めた。
大正生まれの老人は大学センター試験を通らないような言葉を用いる。大学センターレベルの学力では理解できないことがある。そのため、第九はいつも持ち歩いている電子辞書をバッグから取り出して調べた。そうか、やはりシャベツというのは差別の正調な発音であった。拙稿愛読者の高校生諸君、ここは無視して覚えないこと、そうしないとセンター試験で落ちるよ。
「何がありました」と第九は事態の究明に乗り出した。
「なんだと」と老人は怒鳴った。今度はママまでがピクリとしたような大声を出した。
「銀行くらいふざけたところはないぜ。金を預けてやっているのに利子も出さない」
「本当ですね、人を馬鹿にしたような低金利でね」
「もともと、利子を当てにして預けているようなケチな料簡は持ち合わせていないがね。こっちは金の番人のつもりで預けているんだ」
札束のトランクルームですね、と第九は同意を示した。
「そうよ、日本の治安では金を家に置いておくと危ないからな」
いや、まったくです、と第九は答えた。
「だからよ、こっちが利子を払ってやってもいいつもりなんだ」
トランクルームの利用料みたいなものですね。
「そうよ、それなのに必要な時に金を引き出そうとすると、とうの立った女行員が嫌がらせをするんだ。何に使うんだとか、本当に必要なのかとか客を見下したような態度をとりやがる」老人はまた、泡のようにくちびるに飛び出したツバキを舐めた。
そんな権限が彼女たちにあるんですか?
「もちろん、ないさ」
「それでどうしました」
「こんなすがれた女を相手にしてもしょうがないから、支店長を出せと怒鳴ったのさ」
第九は老人を見た。
「そうしたら窓口の店員は奥に行った。しばらくして窓口の女よりは年を食った女を連れてきた。その女が『わたくしが対応します』なんて一人前の口をききやがる。それで相手の役職と名前を確認しようと胸の名札に目をやるとだね、これが意図的だと思うんだが、名札はつけているがちょうど胸のあたりの制服に止めてある名札がうまい具合に下向きになっていて名前がみえない。それでさ、それじゃ名刺を出せといったのさ」
老人はまた唇を舐めるとコップのお冷をゴクリと呷った。
横のちょんまげ男はママをそっちのけにして老人の話に聞き耳を立てている。
「その時にその窓口の上役らしい女がどう答えたと思う?」と老人は第九を見た。
さあ、名刺を出しましたか?
「いやさ、『あいにく名刺は持っておりません』とぬかしやがった」
「へえ、こりゃ驚いた。どうなっているんですかね」