穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

74:老樹いまだ花を開かず

2020-03-20 13:44:00 | 破片

 今年は桜の開花時期がやけに不揃いだ。テレビでは満開の桜の映像がもう流されているが、第九が毎年街に出るたびに遠回りして見に行く桜はまだ枝先がもやもやしている。それはお屋敷町の邸宅の前庭にある一本の桜なのだが、咲きそろったときのあでやかさは形容しがたい。相当の老樹と思われる。まずは間違っても染井吉野ではない。まるで江戸時代から生えているような雰囲気を持っている。

 東京のお屋敷町は区画整理を免れて旧幕時代の武家屋敷の敷地がそのまま大邸宅になっているところがまだわずかにある。そんな家の前庭に生えている桜の大木がまだ全然開花の気配を見せていない。どこだかは書かない。個人の住宅であり、当世はインターネットでちょっと書くとたちまち人が群がって邸宅の住人に迷惑が掛かるから書かないのである。第九はここ数日外出するたびにその前を期待しながら通るのであるががっかりした。他にもそのような見事な桜を何か所か知っていたが、みな最近の住民の代替わりであっという間に桜は切り倒されて跡地にマンションが出現している。此の樹は彼の知っている桜の最後の美樹なのである。

 ダウンタウンは閑散としている。コロナ騒ぎで客は相当に減っている。今日は常連ではJSさんだけだ。ほかに滑稽で貧弱なちょんまげを頭に載せた初老の男、あれれ、彼は先日長南さんの葉巻の攻撃で窒息しかけた男ではないか。彼はママと話している。たしか、彼女と同じマンションに住んでいるとかいっていた。

 JSは前のテーブルにラップトップPCを広げて、怒ったような赤い顔をして画面をにらみつけている。かれが店でラップトップを広げているのは初めて見た。

「珍しいですね。ラップトップを広げてお仕事ですか」

「あんたね、いまではノートブックパソコンというんだよ」と彼は教えてくれた。

「おやそうでしたか。マイコンではなくてパソコンというようなものですな」

JHはじろりと第九をにらんだ。だいぶイカっている様子である。

 そういえば何時か彼がエロ本執筆者だとか言ってなかったけ。秘密出版だとか、いやボケ防止対策だといってたかな、と第九は思い出した。それにしては赤い顔をして怒っているのはなぜなのだろう。それとも、エロ小説を書いていて自分自身が興奮怒張してきたので赤くなったのかな。

何をお書きですか、と一応聞いた見た。

「警世の書ですよ」

「は?」

「わかりやすく言えば木っ端役人に対する警告書ですな」

なるほど、それで納得した。世を嘆き、世を怒っているからああいう赤い顔をしているのだ。

「木っ端役人と言うと」と説明を求めた。

「警察庁、財務省、総務省だ」

これはすざましい。あるいは勇ましいと言ったほうが適切なのか。

「思い出しても腹がたつ」と吐き捨てた。

この老人を相当に怒らしたことがあったらしい。