穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

定例閣議(1)

2021-12-26 09:56:27 | 小説みたいなもの

「さて本日の最後の議題でありますが、宇宙哨戒艇ビーグル号が太陽系外縁で発見した遭難ロケットは地球からのものと判明しておりますが、残存物の調査結果がまとまりましたので科学技術庁長官から報告させます」と議長が述べた。
科学技術庁長官のチュウチュウタコカイナはゆっくりと出席者に頭を下げると報告を始めた。
*まず地球人の身体の調査結果でありますが、生存者はありませんでした。しかし、直後の保存処置がよろしかったためにかなりのことが分かりました。体の形態は我々とはかなり異なります。ある程度サルに似ています。

お手元に資料をご覧ください。身長は我々の半分から三分の一ぐらいです。体重は十分の一前後であります。知能程度はその中枢神経の容量、組成から判断して我々に比べれば、かなり劣ります。しかし、我々が知っている生物の中では抜きんでて高い知能を持っています。
 そうすると、サルよりかは大分利口だということか、と教育大臣が呟いた。
*ロケットの中には大量の資料と思料されるものがございまして、これの内容が解読把握できれば彼らの知識のレベルが判明するわけであります。
 分かったのかね、と総務大臣が詰問調で尋ねた。
*まだ完全には判読できていませんが、と言い訳がましく返答した。
 報告が停滞しそうなので、議長が質問は報告が全部終わってからしていただくことにして、報告を続けてください、と促した。
*ロケットの操縦マニュアルを解析しましたところ、速力は秒速10ないし15キロ程度であります。残っていた航海日誌を解読すると地球を出発してから太陽系の縁辺に到達するのに十年弱かかっております。我々のロケットだと約半月の行程であります。
 そりゃ遅いな、と呟いたものがいる。
 彼らの寿命は何年ぐらいか分かりましたか、と議長の注意にも拘わらず誰かが質問した。
 *報告者は質問者のほうに向きなおると答えた、はっきりしたことは言えませんが60年から70年ぐらいでしょうか。成人の精神年齢に達するのが二十五歳前後と見られますので、彼らは精神活動の盛期のほとんどを旅行中に使い果たしてしまうでしょう。
*次に彼らの科学知識のレベルについてですが、これについては次回にご報告できると思います。
ここで、議長は質疑応答を促した。
防衛大臣が最初に質問した。
「かれらが我々を攻撃してくる可能性はありませんか」
「彼らの人的かつ物的な運送手段の原始的なことを考えるとそれありえませんね」
通商産業大臣が次に問いただした。
「我々が向こうに行って、何というのかな、開国を求めるということはどうですか」
「友好通商条約を求めるということですか」
「まあ、そんなところだ」
総理大臣が割り込んだ。「まず向こうの状態を調べることが先だろう。我々が必要とする自然の資源が豊富にあるとか、向こうの物産で取引の対象にあるかどうかということを知る必要がある」
「そうすると、まず調査隊を送り込むことか」
「しかし、それを受け入れるだろうか」
「もし、もめた場合に調査隊の無事が担保されるのかな」
「そうそう、それが肝心なところだ」
「運搬手段の欠如から向こうから本星を攻撃しに来ることはないが、惑星上ではどのような有効で強力な攻撃兵器を持っているか分からない。その辺は今回の調査では分からないかね」
*残念ながら、今のところは分かりません。資料の分析がさらに進めば、彼らの持っている攻撃用の武器の概要も分かる可能性はあります。
「そうすると、調査隊の派遣はそれからだな」と総理大臣は断を下した。
「そうですよ、ライオンの支配するサバンナに下りるようなものだ。ライオンは空中には上がれないが、地表の獲物には無敵だからね」
 議長が閉会を宣言した。「それでは今日はこれまでにしましょう。調査結果に進展があれば再度報告をお願いしましょう」